六の巻〜『生き続ける、菅沼茂助直隆』
仕方なく孫一も二、三歩の距離を取りながら、老婆のゆっくりとした早さに合わせるように歩いた。
今度は老婆は、竹林に入っていった。
しかし、そこは竹林ではなく、家を囲う竹垣であった。
生い茂ってしまった竹垣や、家の萱ぶきの屋根にまで生える草を見て、その家の住人が、この老婆だけと考えるまでに、時間は掛からなかった。
時間が止まったような家の前で立ち止まっていると、老婆がまた鋭い目で孫一を見て『早く入らぬか』と言って家のなかに消えた。
家の中は所々、すすけていたが、いろりの周りは綺麗に整えられていた。
孫一は『さっきはすまんかった、つい魔が差してしまってなぁ』申し訳なさそうに言った。
老婆は『こんなもしかないがの』というと、鍋をいろりに吊し、何かを温め直し始めた。味噌の香が部屋に漂ってきた。
孫一は『先程は…』と繰り返そうとすると、老婆は、鍋を掻き回しながら『もうええよ』と、俯きながら、ぶっきらぼうに老婆は言った。
孫一『ずっと、一人で住んでいるのか?』 老婆『息子等は戦で死んだ嫁も病でな、もう七年になる。』
孫一が、かける言葉に困っていると
老婆は『あんたは腰が低くて、やさしい目をしとる、茂助様のようじゃ』と今までと違い、客を迎えうれしそうな顔に変わっていた。孫一『茂助様?そうだ!さっきも大工達が話していた。子供等は歌まで歌っていた。さぞかし立派な御方なのだろうなぁ。
どこに住んでおられるんだ?ワシも会ってみたい!』
孫一は、哀しい身の上の老婆を気遣い、出来るだけ明るく話した。
老婆『それは、武士としては偉くはなかったが、立派な御方だった。だがの、私が十八の時に亡くなられてしまった…。
もう五十年近くなってしまうが、ここらの人間は誰も、忘れてはおらんよ。』
孫一は、『もっと、話してくれるか?』孫一は、なぜこんなに、無名な侍が五十年も経っても、語り継がれているのか、知りたくなった。
老婆は、昔を懐かしむようにゆっくりと、語り始めた。
今から、何十年も前の頃、至る所で戦が起きた。
その戦火は民衆をも巻き込み、また、農具を武器に持ちかえ戦いに駆り出された。それゆえ、侍達だけの問題では無かった。
孫一が訪れているこの辺りも、今となっては、何もない閑かな所に見えるが、その昔、この辺りは海東家という大名の領地であった。 ある年の秋の頃、戦があった。その陣中『まったく、うちの殿様の戦好きにも困ったもんだな』『本当だなぁ、俺の家はまだ、田の刈り入れが終わってねぇんだよ。』二人の足軽が疲れ切った顔で話している。
この時の領主である海東資長は、無類の戦好きで、
『戦いに勝利することが、国を大きくさせる。』などと言いっては民衆の気持ちも考えず、戦いに明け暮れる人物だった。