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伍の巻〜『茂助の村』

朝、昨夜の雨のせいかうっすらと霧が立ちこめていた。

孫一は肌寒さに目を覚まし着物は霧の為かまだ湿り気を帯びていた、しかたなく、袴だけを着て、しばらく着物が乾くのを待った。

太陽が霧を照らし、なんとも幻想的な光景だった。

やわらかい光に、いま少し眠ることにした。

しばらくして、境内で近くの子供達だろう遊んでいた。

その遊び声で、目を覚ました。

すっかり霧は晴れ、いつものように夏の日差しが眩しく光っていた。

子供たちが『茂助さん〜茂助さん〜』と聞いたこともない変わった童歌を歌って遊んでいた。

うまく聞き取れ無かったが、『茂助』という名前は聞こえた。

『変な歌だなぁ』ぐらいに気にも止めず、まだ少し生乾きの着物を着て、重い腰をあげた。

道に戻り、少し歩くと小さな脇道があり。その別れ道のそばで、五、六人が何やら話し込んでいる。大きな荷を背負った者や侍などが農夫をつかまえて話していた。

少し離れたところで裕福そうな娘が岩に腰掛け、付き人なのか、初老を迎えたような老人と困った顔をしていた。

『何かあったのか?』孫一が聞くと、一人が『どうしたもねぇよ!この先の道が地滑りで塞がれちまったらしいんだ。話によればこの脇道を行けば、迂回して行けるらしいんだが、これがえらく遠回りで他の道はないか聞いていたんだ。』

孫一『そうなのかぁ、急ぐ用もない、仕方ないワシは脇道を行くかぁ』

そう言うと、また新たな者が『やめときなよ、そっちにいっても、しばらく何にもないぞ。』

そう言われたが、孫一は行くことにした。

今更、引き返したくはない、今まで何をしても中途半端な自分に反抗するように足を進めた。

脇道を歩いていくと、すぐに集落に入っていった。さっき遊んでいた子供たちも、ここから来たのであろう。遠くには川が流れ、一面に広がる水田には集落の民が、至る所に腰を曲げ草を取って汗を流していた。

集落の中程までくると、長雨のせいか痛んだ家を直している大工達が、作業を止めくつろいでいた。

すると、大工の一人が『さぁて、さっさと仕事終わらすぞ、こんなんで飯食ったら茂助さんに怒られちまうぞ!』と一人が言うと、みなも賛同し、一斉に仕事をやり始めた。

『茂助?さっきの子供といい、いったい誰なんだ?』疑問に思いながら、歩き続けた。

『そろそろ、日も暮れてしまうなぁ』孫一は、どこかにいい場所はないか、探していた。

集落も家が少なくなり、集落の終わりを感じさせた。集落に入った時、遠くに見えた川を、渡る橋にさしかかった。孫一は『そうだ!』と閃いたのか、橋桁から下を覗き込んだ。『ここでよいか』と橋の下で泊まることに決めた。

『ここなら、雨でも凌げるな。しかし、腹が減ったなぁ』すっかり夕暮れ、村の家々からは炊事の煙が上がり、夕焼けの光が、その煙までを赤く染め始めた。

『魚でも採れんかのう』と川を覗き込むと、確かに小さな魚が泳いでいた。

孫一は、魚など採った事は無かったが、とりあえずやみくもに川をすくっていた。魚に遊ばれて『くそったれめ!こんな事してたら、余計腹が減るだけだ。』仕方なく諦めて、寝ることにした時に、橋のそばに地蔵があった。苔が付き大分、古ぼけたものであった。孫一は、それよりも供えられていた、団子に目がいった。近づいて見ると、まだ新しい

孫一は、地蔵様の柔らかい表情に甘え『堪忍してください』と手を合わせ、手を伸ばし団子を鷲づかみにした。

『コラッ!!茂助様の地蔵様に何しとる!』老いているが力強い声だった。杖を付いた老婆が、力強い目で孫一に睨みをきかせていた。孫一は、思わずポロッと団子を落としてしまった。

『せっかく茂助様にお供えしたものを…。』老婆は、丁寧に団子を拾い、やさしく砂をはじき、申し訳なさそうに地蔵に供え直し、拝み始めた。


孫一は、ただ『申し訳ない…。つい…』と小さな声で言葉を濁らせ、謝る事しかできなかった。

拝んでいた老婆がふいに

『腹減ってるのか?』

孫一『えっ?』

老婆『着いてこい。』と、腰を曲げながら歩いていってしまった。

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