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弐拾の巻〜『旅の終わり』

こんな話を聞きながら、孫一は老婆の家で、何日も過ごしていた。

孫一が体験した、この辺りの人達のやさしさの訳を垣間見れた気がした。

孫一は、その間老婆を助けるように働いた。


『何日もすまなかった、よい話を聞くことが出来た礼を言う。

そろそろ、行かねば。』

孫一が、老婆に言った。


『かしこまらなくて、よいぞ、また来なされ…。』

老婆は、少し寂しそうだった。


『そうだ。その前に、この辺りに寺はないか?』


孫一が老婆に尋ねた。

『寺?寺ならば、すぐそこにあるぞ。』

孫一は、老婆が指を差す方に走っていった。


確かに、古びた山寺があった。

『誰かぁ!誰かおらんか?』

『なんじゃ?』

ゆっくりと白髪の僧が出てきた。

『おぉ、剃刀をお借りしたいのだ。』

            『出家でもしたいのか?お侍?』


『違う違う!ええから、早く。』


『承知しましたよ。お待ちください。』


『はい。これをどうぞ』

しばらくすると、僧は剃刀と桶に水を入れ持ってきた。

『おおっ、ありがたい!』孫一は、伸びきった髭を剃り落とし、髪を整えた。


『どうじゃ、男前になったか?』

孫一は、僧に得意げに言った。

『はは、お侍。ええ人相をしとる!初めは熊が来たかと思ったぞ!ははは

神仏のご加護がありますように…。』

僧は、孫一の事を拝んでいた。

『では、これをお返しします。感謝いたします』


孫一は、僧に剃刀を手渡し、一礼すると

老婆の元に引き返していった。


『お〜い!婆さま!見とくれ!』

孫一は、老婆に変わった姿を見せた。


『おぉ、ええ男になったなぁ…。その方がええ。その方がえぇ』

孫一を見た老婆は、優しい表情で頷いていた。


『婆さまの話で、心が決まった。

わしも、国に帰り、茂助様のように皆に、感謝される者になるぞ!』

            『大丈夫じゃ。あんたなら、ええ侍になる。』


『婆さま、元気出な。

また、必ず会いにくるからな。』

孫一も名残惜しそうだった。


『頑張りなされ!

ほれ、早く行かんと、せっかく剃った髭が伸びてしまうぞ!』


『ははは!では、これにて。』

孫一は、笑顔で老婆と別れた。


『実に、いい天気だ…。』いつものように、熱い夏の日だが、なんだか心地よかった。


孫一は、茂助の地蔵に向かった。

前に団子を取ろうとした、あの地蔵である。


『茂助様、この前は申し訳ありませんでした…。』

孫一は、地蔵に向かって話しだした。

前に見た時よりも、地蔵の表情が和らいで見えた。


『あなたの望んだように、立派な村になっておりますぞ。

私もまた、あなたとの出会いで変えられました。

礼を言います…。』

孫一は、頭を下げると今まで歩いてきた道を戻っていった。


この国で出会った、茶屋の親子や、居酒屋の主人と話を交わし、足早に自らの国へと急いだ。


何日も歩き、何とか一月後、故郷に辿り着いた。


山や川、景色は何も変わっていない。子供の頃のままだった。


だが、孫一の生まれ育った屋敷は、人の住んでいた名残も無いほどに荒れ果てていた。

逃げるように、家を飛び出してから約二十年。

とは言え、あまりの荒れようを目の当たりにして、孫一は言葉を失った。


そんな時、孫一の後ろを農夫が、通り過ぎていった。

『すまんが、ここに三条家の屋敷があったはずなのだが?』

孫一は声を掛けた。


『あんた何者だい?

確かに、ここは三条家の屋敷があったよ。

だがな、戦で主人を亡くしてな。あとはひどいものだ。

屋敷の宝を狙った、野武士だか野党だかに、襲われて皆、死んじまったよ。』


『父も兄上もか!?誠に皆死んだのか?』

孫一は、農夫に食って掛かった。

『なんだい、そんなの知らねぇよ!離してくれ!』農夫は、孫一を振り解き、逃げるように走り去ってしまった。


『そ…そんな。』

孫一はその場に、へたり込んでしまった。

しかし孫一には、すべてを受け入れるしかなかった。二十年という時間の隔たりは、あまりにも大きなものであった。

孫一は、荒れた屋敷を眺めながら、昔の記憶を思い出そうとしていた。


『貴方は、もしかして孫一か?孫一じゃなのか?』

誰かが、孫一に声を掛けて来た。

孫一が、顔を上げると男がこちらを向いて立っていた。

『やっぱりそうだ!俺だよ!佐吉だよ!忘れちまったのか?』


『佐吉…。あっ!!

鈴ケ森のガキ大将の佐吉か!?』


『そうだよ!その佐吉だよ!変な侍がいるって聞いてよ、まさかと思って来てみたんだ。

よく帰ってきたなぁ、心配してたんだぞ!』


佐吉とは、孫一の幼なじみである。

武士と百姓、身分は違ったが、家では孤独な少年時代だった孫一の心を埋めてくれた、親友の一人だった。

二十年ぶりの再会も、孫一の笑顔は続かなかった。


『この変わり様はなんだ。まるで、狸に化かされてるようだ。』

孫一が、佐吉に投げ掛けた。

『そうだろうな。この辺りも沢山の人が死んだ。

特に、お前の家は酷いものだった…。』


『そうだったか。もぅ誰も生きてないか…。疎まれた俺が生き残るとは、どんな因果だろうな。』


『墓には、まだ行ってないだろう?案内してやる。』佐吉に、三條家が眠る寺に案内された。


『この墓に、父や兄たちが眠っとるのか…。』


『あぁ…。』


『申し訳ありません…。孫一、ただ今戻りました。

孫一は墓の前に、手を合わせ伏して詫びた。


『必ずやこの孫一、恥ずかしくない男になりまする…。』

孫一の気持ちは決まっていた。


孫一は、佐吉の力を借りながら、朽ちた屋敷を少しずつ直していった。

孫一は、寺子屋と道場を創設した。

名前を『茂修館』(もしゅうかん)茂助の考えを修める。と言った意味である。

茂助によって自分を変えてもらった孫一の感謝の気持ちも含ませた名前だった。

数年後、この『茂修館』には、子供達や若者が多く入り活気に溢れた。

規模も最初に比べて大きくなった。

まさに、孫一の優しい人柄の賜物だろう。


新入生が入った時には、必ず『米炊きの茂助』の話をする孫一の姿があった。


『よいか皆、ここ茂修館は茂助様という、立派な人物になるようにと、この名前を付けた。

今日は、その茂助様の話をするぞ。』


『その昔な、とある国で茂助という侍がいたのだ…』

子供達は、食い入るように孫一の話を聞いている。


遠く離れた、この土地にも茂助の考えが、根付くことになるだろう。


そんな光景を見守るように、茂助のように暖かく、柔らかい陽の光が学舎を包んでいた…。       

人は、人との出会いで変わっていく。

たとえそれが、死んだ人間との出会いであっても、その人の生き様が人を変え、導びいてくれる。                          完。

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