弐の巻〜『浪人、三條孫一』
この長雨、雨やどりのつもりで入った様子だったが、夜が深まり、すっかり店には彼だけ取り残されていた。
この大男、名を『三條孫一』この男が仕えた家は、ことごとく敗れ滅びたため、彼を知るものは、
『負け三條』と彼の不運を笑った。
そうした中、戦国の世も終わりを迎えた。
これから先が定まらない孫一は、
『この道を行けば江戸にまで行けるんだぞ』
と誰かが言っていた事を思い出し、当てもないが旅を始めたのだった。
外は、今だ雨が降り続いている。屋根をつたった雨がボタッボタッと一定の音を奏でていた。
そのうち孫一が『こんなもの!』と、刀を放り投げていた。
しかし、孫一はスッと立ち上がり、刀を拾い上げると、また大事そうに胸に抱える事を幾度か繰り返していた。
見兼ねた店主が、迷惑そうな顔で『旦那ぁ、飲み過ぎだなぁ。なんかあったのかい?だいたい、こんな飲んで金はあんのかい?』
すると大男は、すっかり座った目で『無礼者!俺は大阪の役では、大野修理様の隊で、右手では右の敵を薙ぎ倒し!左手では左の敵をと、縦横無尽の働きをした。三條孫一なりぃ!!』
『そりゃあ、すげぇなぁ。』店主が興味無さそうに言うと。
『なんだい!!どうせ親父には、俺の良さなどわからん!!』と言うとバタリと倒れ眠ってしまった。
店主は、呆れ顔になりながらも、この男をどこか不憫に感じ。そのまま寝かしてやることにした。
翌朝、夏も近いせいか、眩しい光に孫一は起こされた。
外は、今までの雨が嘘のように止んで、木々についた雨露のせいか、葉や草がいつも以上に青々と輝いて見えた。
眩しい光を避けるように、体をよじっていると、『はっ』と気付き、自分の状況を理解しようと周りを見回していた。
すると、店主が『起きたかい?どうだい調子は?ひどい、いびき出しやがって。寝不足だよ。』と目を擦りながらやって来た。
孫一は、昨日の態度とは、うって変わって、大きな体を小さく、背中を丸め床に土下座した。
『すまん!金が無いのだ。しかし、誤解しないでくれ、始めから食い逃げしようとしたんじゃないのだ。
一杯だけのつもりだったのだ、しかしながら、つい…』と、どうしようか困った様子だ。『とりあえず、これだけだが…。』恥ずかしそうに、緑青の付いた銭を床に出した。
店主は『そんなことだと思ったよ!』と怒りながらも、諦めていた様子だった。『そうだ!!』ひれ伏していた孫一が顔を上げた。