表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

拾八の巻〜『置き土産』

それからは、互いに無言で歩いていた。

            『おい!権!敵兵じゃないか?』

木の間から人影が見えた。

その兵達は陣の警護の兵なのだろう。後ろには陣が見えた。

二人は、木陰に身を隠した。

『よいか、権左。

わしの言う通りに、言うのだ!


海東の武将を捕らえました。私は、この近くの百姓に御座います。

我が村の者の代表としてこの者を連れて参りました。これだけでよい!後はわしが何とかする。いいな。』

『はいっ、わかりました。やってみます!』

少し怯えながらも、権左は頷いた。


すると茂助は、足元の手に取り、土を顔に擦り込むように顔に付け、汚しはじめた。

『さぁ、縛ってくれ!』

茂助は、後ろに手を回した。

権左は縄を取り出し、しっかりと縛り付けた。


『ようし。上出来だ。行くぞ!』

茂助は、しっかりと縛られているかを確認すると、権左に引かれ敵陣に向かって歩いて行った。


『何者か!?』

茂助達に気付いた、敵兵が数人駆け寄り、槍の穂先を向けている。


茂助が、権左に合図を送るように、縛られた手を動かした。


『わ…私は、この辺りの百姓にございます。

この者は、海東の武将でございます。

むっ、村の者で捕らえたこの者を、代表として連れて参りました。』


緊張して言う、権左を怪しげに兵達は見ていた。


『わしは、海東家筆頭家老、水野忠左衛門。そなた達の大将にお取り次願いたい…。』

茂助は、最初から水野に成り済ますつもりでいた。

褒美の量を増やすためである。

茂助は直ぐには、ばれないように顔を汚していたのだった。

権左は、茂助の言うことに驚いたが、茂助に言われた通りに何も言わなかった。

兵達も、いきなり現われた大将首に驚き急ぎ、主君のもとへ走った。

『殿〜!!海東の家老、水野を捕らえたという百姓が参りました!』


『なんだと!すぐに通せ!』

茂助と権左が陣中に通された。

『お主が、水野殿か?

某は、木之下家が家臣の柴田右近と申す。』


幸いに、この柴田という武将は水野の顔を知らない様子だった。


『再起を図るべく、城を抜け出たが、百姓共に捕まる始末。』


『ガハハハハ!年老いて、百姓に捕らえられるとは惨めだの。』

勝ち戦に、上機嫌なのか、あまり疑いはしていなかった。


『武運もこれまで…。

わしを差出し褒美を貰えと申した次第。

最後くらいは、民の為にと思いましてな。

どうか、この願い汲んで貰えないだろうか?』


『民の為だと?最後の強がりか?

ハハハ!!!まぁ、よいだろう。

おい!あの者に褒美を取らせ!』


権左の前に、金の入った巾着が幾つか置かれた。


『過分の御計らい、水野、礼を申します。』

            『なんの!安い買い物じゃ!ガハハハ!

この者を、殿のもとへ連れて行く!連れていけ!』


茂助は、両腕を抱えられるようにして連れて行かれた。

茂助は、権左に顔を向け笑顔を見せた。

複雑な気持ちが権左の表情に表れていた。


『お主も、もぅ帰ってよいぞ。ご苦労だった!!』

言い残し、柴田は機嫌よく去っていった。


権左は、目の前の巾着を懐に入れると、足早に陣を出た。

逃げるように走り出した。権左は、途中の森の中で立ち止まると、力が抜けるように崩れ落ちた。

『茂助様…。』

権左は、地面に突っ伏したまま動けなかった。

茂助の言う通りにしただけだが、自分が敵に売り渡したように感じ、罪悪感のような感情に苛まれていた。

森に差し込む太陽の光が時が過ぎるのを知らせるように、木々の影を長くしていた。

権左は、ゆっくりと皆の待つ洞穴に歩みはじめた。

少し前に茂助と歩いてきた道の景色すら、遠い思い出のように感じられた。

洞穴に着いた頃には、陽の光も弱くなり、薄暗さも感じられた。

しかし権左は、なかなか洞穴に入れずにいた。


『こんな時、茂助様ならどうするんだろうなぁ…。

きっと、馬鹿みたいに明るくしてくれるんだろうな。』

権左は、そんな事を考えていると、少し気が晴れた。そうして洞穴に向かって行った。


『行ってきたぞ…。』


『おお!権左、無事に戻ったんだな。

やはり、茂助様は…』


駆け寄ってきた村人達に、権左はただ頷ずいた。


『行ってしまわれたか。』わかっていた事で、覚悟も出来ていたつもりだった。だが、突き付けられた現実に、体が反応して涙が溢れてしまう。


理解をしていのか子供達の中には、

『茂助のおじちゃんは〜?』

と、母親の袖を引っ張る子もいた。母親は、そう言う子供を抱き締め泣いている。

            『ハハハハハハハ!!』

いきなり、泣き顔の権左から笑い声が響いた。


『この馬鹿!!何がおかしんだ!!気でも狂ったか!!』

父親の権平が、権左の頭を叩いた。

『いままで、茂助様に何を教わってきたんだ!辛い時ほど笑えって言ってたじゃないか!

茂助様はな、敵に連れていかれながらも、いつものように俺に笑いかけてくれたんだぞ!』


権左は、泣きながら訴えた。

『そうだなぁ…。いつまでも泣いてばかりじゃ、茂助様に怒られちまうな…。』一人の村人が、ボソッと呟いた。


『見てみろ!みんな!茂助様は、帰ってきたぞ。』

権左は、懐に入れておいた銭の入った巾着を取出した。

『茂助様は、俺たちを助ける為に…形は変わっちまったけど…。

これで、立派な村を作ろうや!あの世から茂助様が見てビックリするような!』

『馬鹿野郎!!縁起でもねぇ!茂助様は、まだ死んでもねぇだろうが!!』

またもや、権平の拳が飛んだ。


『まったくだ!オレらに説教しやがって!

いつからそんなに偉くなったんだ!』

『お前に言われなくたって、村くらい作ってやるさ!茂助様の為だ!』


村人達も、権左に必死に言い返していた。

涙はすっかり止んでいた。

弱虫だった権左に、勇気づけられた村人達は、泣いてばかりいた自分達が急に恥ずかしくなった。

また村人達は、そうした中で、これまでの誰かに頼る生き方だけでは駄目だと気付かされた。

権左が見せたような、強さを身に付けようと考え始めたのだった。


次の日の洞穴に、村人達の姿は残されていなかった。

村人達は、自らの村が焼けるのは見ていたが、躊躇する事無く自分達の村に戻っていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ