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拾七の巻〜『武士の種類』

いままで、空は雲に覆われぼんやりとしていたが、その雲の合間から朝日が差し始めた。


鳴海の城に攻め込んだ各部隊から大きな声が挙がる中、その大将である、木之下秀家は苛立っていた。


『珠々丸の遺骸は見つからんのか!』


秀家の鋭い視線が、家臣らに向けられた。


『城は火に包まれ、近付けず未だ確認はとれません。しかし、幼子でございます。ご心配には及びませんでしょう。』       

秀家の馬周りの者が言った。『たわけが!!』


秀家は、その者を殴り飛ばした。


『城を落とせばよいというものではない!後顧の憂いは残してはならんのだ!


逃がせば、いずれ牙を向いてくる種にもなりかねんだろう!!』


秀家の声が響き、歓喜に沸く陣が静まり返った。


『も…申し訳ありませんでした。』


馬周りの者は、体を震わしながら伏して、詫びていた。

一同は、秀家に体を向け直立したままだった。


秀家は鋭い目を向け口を開いた。


『珠々丸は、すでに城外に落ち延びているやもしれん。

さっそくにでも山狩りを始めろ!海東の者を見つけたものには褒美を与えると、この辺りにも触れ回れ!!』           

『はっ!!!!』 

慌てて、武将達は四方八方に散っていった。


木之下秀家、この大将は若いが武将としての手腕は確かなものだった。


しかし彼は、完璧を求める性格の持ち主であり、常に眉間にしわを寄せ、誰も笑顔など見た事はないと言うほどの厳しい男であった。


従う武将達は、常に秀家の前では緊張し、そして、秀家の感に触わらないように、ただ必死に働らいていた。

           

古くから続く名門の武家ではない新興勢力である木之下家は、秀家の父である木之下長秀が、一代で今の勢力のほとんどを作り上げた大名家であった。


そんな長秀は、子の秀家に剣術、馬術、兵法、国の治め方などを徹底して秀家に叩き込み厳しく育て上げた。


そうした行動は、強くなくては生きれない戦国の世の中でも生き抜けるようにと、父親なりの気持ちだったのだろうが、その能力と引き替えに秀家は笑顔を浮かべる事などは、全く無くなっていた。                   『山狩りだ!急いで準備を始めろ!!』


『海東の者を見つければ褒美が貰えるぞ!!こたびの戦の総仕上げだ!ぬかるでないぞ!』

各侍大将や組頭から檄が飛び、山狩りの準備が始まった。


壁に耳あり、障子に目あり。どこから聞き付けたのか

百姓達が懸賞首や金に変わる武具や刀剣類を求め、竹槍等で武装し

「落ち武者狩り」

を始めている者達もいた。


それは、戦の度に田や畑を荒らされ、家を焼かれ、女を犯される。そんな侍達へ向けた、百姓達の復讐のようでもあった。                       その頃茂助は、ぼんやりとしたまま座り込み、焼け落ちる城を眺め続けていた。


『親不孝もんが…。先に死におって…。今頃は、おふうと一緒かのぅ…。』


真柄との思い出ばかりが、頭の中を駆け巡っていた。

『茂助様〜!!!』

権左の声が近づいてきた。

『どうしたんだ?権左?

戦は終わったんだぞ、なにかあったか?』


『茂助様!ここにいたら危ないですぞ!どういう訳だか、山狩りが始まるみたいですぞ!』権左は、水を汲みに言った場所で敵兵に遭遇し、兵達の会話の中で山狩りだと聞いたらしい。


『恐らく、珠々丸様が見つからなかったのであろうな…。』


茂助は冷静に権左に言葉を返した。


『早く逃げてくださいよ!茂助様!』


『わかったわかった、とりあえず、村の皆の元へ戻ろう。』


茂助は、急かす権左を尻目にゆっくりと腰を上げ、皆のいる洞穴へ向かっていった。

権左は辺りを警戒して落ち着かない様子であった。             洞穴の前には、権左の父親である権平が首を長くして待っていた。


『心配しましたぞ、茂助様。皆も待ち兼ねておりましたぞ。』


洞穴へ入ると、不安そうな顔をしていた村人達の顔が茂助を見て緩み、和み始めた。


しかし、茂助の顔は珍しく険しかった。


『どうしたんだ茂助様?具合でも悪いのかい?』

            皆が茂助を見つめていた。            『大事な話があるのだ、皆静かに聞いてくれ。』


いままでの茂助と違った態度に何事だと、口を閉じた。

一呼吸おいて、茂助が話し始めた。


『皆、ご苦労あった。戦は終わったぞ。』


『そういう事かい?元気出してくだされ。茂助様なら武士で無くても食っていけるさ!』


権平が口を挟んだ。しかし、茂助が表情を変える事はなかった。


『話は最後まで聞けと言うっとるだろ権平。』


『続けるぞ。


戦は終わったが、今、周りの山では、山狩りが始まったようだ。

おそらく、珠々丸様が城外に逃げたのだろう。


この洞穴に敵の手が伸びるのも時間の問題だろう。


仮にも海東家組頭の私がいればお前達にまで危害が及ぶやもしれん。』


村人達は、すっかり不安な顔に戻っていた。            『そこで、私に考えがある。わしの最後の願いとして聞いてくれ。よいな!


わしを縄で縛り付け、木之下の武将の陣まで届けて欲しいのだ。』      

『そんな事出来る訳なかろう!!

茂助様、そんな事言わんでくれ!!』       

権平が叫ぶように言ったのに村人が続いた。


『そうだ!できねぇ』

『一緒に生きるべよ?茂助様。』

『何でそんな事言うんだ!』           

村人達は騒つきながら茂助に迫った。


『わしにとってな、村が一番大事な主君だったんのだ。

だがしかし、今すべてが、焼けて無くなってしまったではないか…。

これからどうすのだ?


わしを捕らえた事にして、敵陣に届ければ、いくらかの褒美も出るだろう。

その金で、村を作り直してもらいたいのだ。』


茂助は涙を浮かべながら、話したが村人達は黙り込むばかりで納得することはなかった。

時間ばかりが過ぎていった。

『わかりました…。』

皆が俯いている中、権左が言った。


すると権左は、立ち上がり茂助に近づいた。


『縛ればよろしいのですか?』          

茂助が頷くと、権左は縄を出し茂助を縛りだした。


『コラ!権左!なにしとる!やめんか!』

『自分が何してるかわかってるのか!』


村人の中から、止めさせようと何人かが飛び出した。            『これ以上、茂助様を苦しめるなよ!!!

俺だってこんな事したくない!』         

権左の怒鳴り声に、飛び出した村人は動きを止めた。            『茂助様だって俺達に、こんな事言いたい訳ないだろう。

大好きな茂助様の考える事に、俺達も最後まで答えてやろうじゃないか?なっ…。』

権左をはじめ、村人達が泣き出してしまった。               『しょうがないなぁ。


皆これから泣いてはいれんぞ!一から村を造のだからな。


それと、わしは今、独り身だから誰も弔ってはくれんのだ。

墓にうまい米の飯を誰が備えてくれるんだ?

お主達に頼みたいんだよ。わかってくれるな。』  

茂助は涙を流しながらも笑顔を作り、やさしく言い聞かせると、 やっと村人達が泣きながらも頷いた。


『よし!早くせんと、敵が来てしまうな。権左行くぞ!!お前が縄を引け。

皆、権左が戻るまで、ここで、おとなしくしているんだぞ!

敵方が来たとしても、百姓だけならば、手を出すまい。

それでは権左、行こう。』

茂助が言うと、権左は涙を拭い茂助を縛った縄を握り、洞穴を出ていった。

残された村人達は皆、拝みながら見送くる事しか出来なかった。

茂助は、最後に村人に向かって振り返り、深く頭を下げ権左と山を下りていった。

春の日差しがやさしく照りつけていた。

二人とも無口に、歩いていった。

権左は、縄を手に持っていたが、茂助に引っ張られているようだった。


そして、このままずっと、敵陣など無ければよいな思いながら俯きながら歩いた。

『おい、権。

お前は立派になったなぁ、お前があんな事言うとは、思わなかったぞ。』


前を行く、茂助が話し掛けた。

『へへっ。初めて誉めてくれましたな…。』

少し照れ臭そうに、権左が答えた。


『その、どうして茂助様は、こんなに優しいんだい?』権左は、今まで聞けなかった事を聞いてみた。


『なにかと思えば。そんな事か。

そうだなぁ。権左は、侍が好きか?』


逆に茂助が問うて来た。

『えっ?う〜ん、わしは嫌いだ。威張ってばかりだし。』

権左は、すぐに言葉を返した。


『ハハ。わしも、同じだよ。

若い頃は、侍らしかったのかもしれないが。

いつの間にか、武士とは何の為に居るのかと考えるようになってな。

こんな事を考えるようだから、わしには、侍なんぞ向いてなかったのだろうな。

それに、武士達には疎まれたが、馬鹿やっていてよかった。

人を笑わせ、優しくしていれば、優しさは自分にも帰ってくるんだ。

こんな時代に、そんな事を知る事の出来たわしは、幸せ者だ。』


笑って答えた茂助に権左は足を止めた。

『じゃあ、なんで死にに行くんですか!いつまでも私達を笑わせて下さいよ!』

権左は、いままで我慢していた気持ちを強い口調で言った。


『よいか権左。

侍とはな、民の為にいるものだと考えている。

民の支えなければ、ただの無用者だ。だからこそ、民の幸せの為には命を懸けなければならんと思う。

これが、わしの侍として、最後まで貫きたい武士の意地だ。』


振り返った、茂助の目は力強く、意志の強さを物語っていた。

天下を盗るなどではなく、ただ人の為に生きたい。

生きる目的は全く違うが、その誇りの高さは一国の大名並みであった。


『そんな悲しい顔をするなぁ。行くぞ。

あっ、その前に縄を解いてはくれんか?歩きにくくてな。』


『ハハハっ、私も、まだ縛るのは早いと思っておりました。』

権左は思わず笑ってしまった。

『気付いたら、早く言え!まったく!』

縛られて手が痺れたのか、両手を振って最後まで、ふざけてみせる茂助を見て、権左は、茂助の例え様の無い大きさを感じていた。


『さて参ろう。』

歩きだした茂助の後を、権左は追った。


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