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拾伍の巻〜『灰塵に帰す(2)』

茂助が、重い足取りで城を出ると、城の外にいた権平達が駆け寄ってきた。


『まったく仕方ないのぉ!お前達はわしがいなかったら、何も出来んのか?』 茂助が口を開くと、権平達は安堵した様子で、笑顔に変わった。

茂助の目は涙で赤くなってはいたが、城の明かりだけの薄暗さに誰も気付くことはなかった。                  『茂助様!村の皆はあっちにいるんだ!』

権平は森の中を指差している。

『よいか、わしはちょっとした役目を仰せ使ってな。先に、城の裏手の山にある洞穴に行っていてくれぬか?

後からすぐに行くから?よいな?』


『わかった!皆を連れていくよ。茂助様が来ると、皆に伝えたら喜びますぞ!』そう言うと、権平は蟹股でバタバタと走っていった。            『よし!我らも、あの山に登るぞ』        茂助は、真柄から預かった兵達を連れ、真柄に言った通りに伏せるように、山を登り始めた。

暗闇に足を取られながらも、ゆっくりと登っていった。

『この辺りでよいか。』 そう言うと、山の中腹にある、少し開けた草原に兵達を集めた。


『皆いるな?よいか、皆ここで解散を命じる!

それぞれの村に戻り、家族の元へ帰ってやれ。以上だ。』

兵達は、茂助の言葉に驚いたように騒ついた。


『いったい、どうゆう事なんだい?真柄様に怒られちまうぞ?』

兵の一人が、茂助に問う。            『ええから、お前達百姓は、死ぬ事はない。後はわしに任せておけ。』


『茂助さんは、どうするんだい?』

            『これ!わしは、こう見えても侍だぞ!最後まで見届ける。』


『あっ!そうだった!茂助様は、侍だったのぉ…。』

『ハハハハハハ!!!』 闇を裂くように笑い声が響いた。


『馬鹿!!大きな声を出すな!敵兵に見つかったらどうするんだ!見つかる前に早く行け。』

茂助は、兵達を先へと急がせた。兵達は、一人一人茂助に礼を言うように頭を下げると、次々と去っていった。


後には、茂助と権左だけが残された。眼下には今までいた城が見えている。


『こんな事して、よかったのですか?狼煙が上がったらどうするんですか?』

権左が、理解出来ない顔をして茂助を見た。                『はは。これがわしの役目だったのだ…。幸盛は狼煙など、上げはせんよ。』

茂助は、深くは語らずに、穏やかな表情のまま権左に言った。

            『へっ?なんの話ですか?さっぱり分かんないですよ!』           権左は不満そうだった。

            『ところでお前、背中に背負ってるのは何だ?』

茂助が言うように、権左は一際大きな袋を背負い、腰にも袋を下げていた。


『これですか?

山に伏せるって言うから、城の中から食い物をくすねてきたんですよ!

何でもありますよ!握り飯に豆、味噌だって!』

            『まったくお前は、そうゆう事は得意だな。

居ないと思ったら、そんな事をしていたのか。』


『そうだ!村人達は二、三日まともな物を食べてはおらんだろう。持っていってやろうではないか?』


『そうしましょう!皆、喜びますぞ!』      二人は、村人達が潜んでいる洞穴に向かって、獣道のような細い道を歩いていった。

            『おい!足音がしねぇか?』

洞穴の中の村人が気が付いた。

『ああ、本当だ!とりあえず奥に隠れろ』     

村人達は、体を寄せ合って、息を殺した。                 『茂助様!あそこだ!』

権左が、洞穴からこぼれる焚き火の明かりに気が付いた。

だが、洞穴に入っても誰もいない。静かに、焚き火だけが燃えている。


茂助も権左も何かあったのかと、不安になった。  『あれ?おーい誰もいないのか?茂助様が来たぞ!』            『茂助様?権左か!』

奥から声が聞こえてきた。            『何だ、茂助様か!

おら、てっきり敵兵だと。』           権平が、恐る恐るやって来た。

『まったく、親父はいつも早合点で仕方ないな!』

権左は、父親の権平の肩を叩いた。


『うるせぇ!お前は黙っとれ!

茂助様ぁ、よう来てくれた。みんなで待っていたんだ。』

それに伴って続々と村人達が、出てきた。

村人達の顔や衣服は黒く汚れ、これまでの苦労を物語っていた。

『茂助様だぁ!茂助様!』と村人達が、茂助を囲むように集まった。


『皆、無事で何よりだった。だが、村が焼けてしまったのは、我々の不徳の致す限りだ。申し訳ない。』


茂助は深々と頭を下げた。茂助の申し訳なさそうな様子に、村人達は、返す言葉など出せずに俯き黙ってしまった。


『ささやかだが、食い物を持ってきた。皆で平等に分かち合おう。』

茂助は、皆を座らせた。 

『ご苦労だったの…。』

茂助は、戦場で兵達に配るのと同じように一人一人に食料を配っていった。

村人達は茂助に手を合わせ、感謝するように受け取っていった。

そんな村人達の姿は、茂助には、居た堪らないものだった。自分達、武士の為に村まで焼かれてしまったのに、自分を慕い、感謝をしてくれる。

だが、自分には何の力もない。

茂助は、顔を強ばらせていた。


『どうしたんだい?茂助様。怖い顔をして、泣いとるのか?』

村人達が、茂助の顔を覗き込んだ。

            『なにぃ!わしが泣いとるだと!!

よし!権左歌え!』

茂助は、無理矢理に元気を出すかのように声を張り上げた。


『えっ?歌?』

握り飯を食べていた権左が口を膨らませたまま、茂助に振り返った。


『お前はいつまで食っているんだ。全部食べてしまう気か?

早くせい!いつもの歌だ!』           

茂助が、急かすように権左に歌を歌わせた。


その歌に合わせ、茂助がいつものように、おどけながら踊りだした。


いままで、怯えていた子供たちがクスクスと笑い始めた。

静かな洞穴の中が、徐々に明るくなっていく。茂助もじっとしていては、真柄やこれからの村人達の事を考えてしまい、押し潰されてしまいそうで、ただやみくもに踊った。


いつのまにか洞穴の中は、戦が起こっているなど忘れるくらいに、久しぶりに和やかな雰囲気に包まれていた。


ここだけ見ると、まるで村祭りの光景のようであった。

しばらくして、村人達は横になり、眠りに付いた。

茂助の存在に安心したのか、村人達は柔らかい寝顔を並べている。茂助は、洞穴の壁にもたれ掛かったまま、一睡も出来なかった。


真柄や、城の兵士達のことばかり考えていた。

茂助にとって、こんなに長く感じる夜は、初めての感覚だった。


春とはいえ、まだまだ肌寒く、月も出ていない暗い夜が、ゆっくりとまた、静かに更けていった。

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