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拾四の巻〜『灰塵に帰す(1)』

城を夕闇が包みはじめた。篝火が、城のあちこちで灯っている。


城の兵達は、一様に口を閉ざし城の中は静かだった。兵達は、着実に近づいている死に怯えていた。   

茂助も疲れ果て、城の壁にもたれ掛かかっていた。


『おい!みんな!ちょっと見てみろ!』

休息を得ている群衆に向かって櫓の上から声がする。

『今度は、なんだ?戦は明日までないだろう?』

皆、真柄を敵と見間違えた若い物見を、疑いながら見上げた。            『いいから!見てみろ!街や村が燃えてる!』   物見は、慌てながら指を差している。


『なんだと!あっ…。』 街や村の方が、ぼんやりと明るく光っている。


また、馬のひずめの音が、鳴り響き、その音が向かう所から次々と新たに火の手が上がっている。    

『こんな小さな街や村を焼いて何になるってんだ!』

『まったく、ひでぇ事しやがる…。』           城兵達は拳を握り、震わしながら、生まれ育った場所が焼けるのを、ただ見守ることしか出来なかった。             村が焼けている事を知った権左が、茂助のもとへ駆け込んできた。

茂助は、うとうと首を揺らしていた。


『茂助様!茂助様!大変です!起きてください!』

権左は、茂助を揺すって起こそうとした。


すると、パッと目を覚ました茂助は

『な、何だ!夜襲か?』

権左の顔を見返した。


『村が、村が燃えてるんですよ!!』       そう言うと権左は茂助の腕を取って、茂助を連れ出した。

茂助は、目を擦りながら権左に引かれていった。

壁の周りには、すっかり人だかりが出来ている。

茂助にも、重大さがすぐにわかった。                   『あれを見てくだされ!』権左が言う先には、火に包まれた街や村から煙が上がっている。

夕闇の中でも、はっきりとわかった。


『なんて事を…。』

茂助も他の者と同様に、言葉など出なかった。               ただ時間が流れ、何も出来きない自分達の無力さを感じながらに立ち尽くしていた。                      『茂助様!!茂助様!!俺だよ!』

城の下から声がする。


『親父!!親父じゃねぇか!』

権左が身を乗り出して言った。

『何してるんだ!こんなとこで!村の皆と山の中で、隠れていろって言ったじゃないか!』

権左が父親である権平をまくしたてる。   


『村が燃えちまったんだよ!生き残っても、どうしたらいいんだ!村の皆もそこに来てるんだ。

茂助様、わしらはどうしたらいいんだ。』


権平は、取り乱した様子で訴えた。                    『生きていればなんとかなる!この城の裏手の山に、洞穴がある!そこで伏せるんだ!大丈夫だ!』


茂助がどれだけ明るく語り掛けても、権平は納得せずにその場に留まったままだった。

茂助もその様子に、何を言ってよいか言葉に困ってしまった。



『皆のもとへ行ってあげてください』


茂助の後ろで真柄が立っていた。

            『お前その足、怪我したのか!!大丈夫か?』 


真柄の足に巻かれた、包帯を見て茂助が心配そうに問いつめた。                   『なぁに、鉄砲の掠り傷ですわ!

それよりも、早く村の皆を安心させてあげてくださいませ!』


『それは、出来ない…。

皆を残して城を出るなど。』


『何を言っておられます!民のために生きるのが茂助様でしょうが。』


『しかし…。』

茂助は、黙り込んでしまった。


『皆、集まってくれ!!』何か思いついたように真柄が声を張り上げた。

近くにいた三十人ほどが、その声に応じて集まった。皆、城下の村から集められた百姓の兵ばかりである。茂助も含め、兵達は何が始まるのかと不思議がった。

『よいか!これからお主らは、次の敵の襲来に備えて城の横にある、あの山にて伏兵として伏せろ!

合図は城より狼煙を上げる!

伏兵隊の組頭は、菅沼茂助直隆!!

すぐに、城を出る支度をしろ!!以上である!』


集められた兵達が、慌てながら散っていった。               『一体、どういうつもりだ!!』         茂助は、珍しく激しい口調で、真柄に言い放った。

            『申し訳ありません…。

こうするしか方法が浮かばなかったのです。


茂助様には、生きてほしいのです。死ぬのは我々侍達だけで十分です。』     

『わしに、何が出来るというんだ!』

茂助は、感情的に言い返した。


『こんな時代だからこそ、多くの者に笑顔を振り撒き、笑顔に変えてあげてください。

私は、茂助様のおかけで…。』


真柄は、涙に言葉を詰まらせながら必死であった。



『お前は死んでしまうのだな。』         茂助もまた、目に涙を溜めている。                    『これも武門の習いと言うものでしょう。

まったく、侍とは厄介なものですな。ハハ。

それに、おふうを一人には出来ませんからな。』


真柄は、涙を拭いながら笑顔を作った。

最後は、笑顔で別れようと決めていたからである。 それは、真柄が茂助から教えてもらったものであったからである。                  『侍大将真柄様からの

最後の命令、この茂助、承知致しました!』

            そう言うと茂助は、いつもの笑顔に戻っていた。


『ハハハハ!いつもの親父様だ!』        二人とも、目を赤くしながら笑っていた。

悲しさを紛らわし、そして吹き飛ばすように。


『なんだ?楽しそうだの?』           権左がゆっくりと、やって来た。                     『お前は出立の準備は出来たのか?権左!』

涙を悟られぬように、茂助が言う。


『何言ってるんだい、とっくに出来とるよ!

それにみんな、待っとるよ!』          

『そ…そうか。すぐに行く門の前に集めといてくれ。』                       『わかった!やっておきます!』         権左は、すぐに駆け出していった。                    『では、そろそろ行くとするか。』


茂助が、行こうと背を向けた時に真柄は、すっと頭を下げた。


『真の親父と思っておりました。

この真柄、親父様無くては居りませんでした。本当に有難う御座いました。

どうかご無事で…。』


『手の掛かる子供だ。最後まで親を泣かせおって。

わしのような者を親父と呼んでくれて、礼を言うのはわしの方だ。』


茂助は、真柄に背を向けたまま言った。      茂助が、城を出るとき振り返ったが、真柄は見送るように頭を下げたままだった。

茂助は城を出ると、すぐに門が閉ざされた。

辺りを暗闇が包み込み、また、その暗闇が涙を隠してくれたのだった。



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