拾参の巻〜『鳴海城攻防戦』
『バン!ババーン!』迫ってくる敵勢が、鉄砲を撃ちかけてきた。
城の至る所に弾が当たり、身を隠すものもいる。
『怯むな!大丈夫だ!まだまだ遠い所から撃ってる!』
『こちらから、まだ撃つなゆ!決して無だ弾を撃ってはならん!』
鉄砲足軽は、狙いをつけながら動かない。鉄砲の火縄の煙が静かに漂っている。組頭は、真柄の合図を待っている。
敵は、鉄砲避けの竹束を押し立てながら、どんどんと近づいてくる。竹束とは、鉄砲や矢を防ぐために竹を、筒状に何本も結んだ盾である。
敵が近づくに従って、鉄砲の威力が増してくる。
また、一塊のようだった敵勢が、その表情までが見えるようになってきた。
城の堀の周りに、防御の為に作られた柵を壊し、突破口を作ろうと始めた。
『今だぁ!!!放て!!!』
真柄の声に反応し、組頭が『放て!』と、指示を出した。
城方の鉄砲が一斉に火を吹いた。
柵に取り付く、敵兵が次々と将棋倒しに倒れていった。
しかし、怯む事無く、次々と柵にむかって迫ってくる。
『二番組、放て!!』
真柄の声と共に、入れ替わった鉄砲組が撃ちかけた。
また累々と死体が生まれる。手負いの者は、その場から逃れようと藻掻いている。
城からは、次から次へと容赦なく弾丸の雨が降り注いだ。
敵方は、数に物を言わせ次々と新手がやってくる。
『防ぎ矢を、放て!!』 防ぎ矢は、鉄砲の弾込めの間に速射のできる弓で応戦することである。
しかし所々、柵は破壊され敵が流れ込んできた。
城の塀を登るための梯子か架けられ始めた。
『皆!わしに、続けぇ!!鉄砲組は、そのまま撃ち続けろ!!』
真柄は、そう言うと塀の内側に作っておいた足場に飛び乗ると、塀に架けられた梯子を槍で弾き飛ばし、
槍を振り敵を薙ぎ倒していった。
真柄は、いきなり塀の屋根に登ると
『わしは!真柄左馬ノ介幸盛じゃ!!かかってこいや〜!!』
と鬨の声をあげた。敵方の兵士は、真柄の赤い具足を見て息を飲んだ。
噂の『鬼真壁』がいきなり現れたからである。
そして何よりも、周りを威嚇するように見開いた目にだれもが二の足を踏み、数の利など頭にはなかった。 真柄は、次々に登ってくる兵を槍で突き落とした。その姿に、城兵達も奮い立たった。
塀際での守りは、鉄砲と相まって、城に続く門を壊そうする者を寄せ付けなかった。
まさに鉄壁の守りと言っても過言ではなかった。
『おのれ真柄め!焙烙を焙烙を持って来い!!』 敵方の、組頭はこの膠着状況を打破しようと焙烙を使うように命じた。
焙烙は、丸い容器に火薬を詰めた物に、火を付け投げ付けて爆発させる。手投げ弾である。 敵の兵士数人が、腕を回しいくつもの焙烙を投げ込んできた。
『焙烙じゃ!!皆、塀から離れろ!』いち早く気付いた、真柄が叫んだ。
しかし、乱戦の中では伝わりきらなかった。
激しい炸裂音と共に兵士達が吹き飛んだ。
鉄砲組は、敵を狙うばかりに気を取られていた為に気付けずに、多くの者が犠牲となった。
城からの鉄砲が止み、真柄達が離れた隙に、敵兵が塀に梯子を登り城内に侵入してきた。
『小口善兵衛、鳴海の城、一番乗り!!鬼真柄、覚悟!どこにいる!』
その男の、大柄な体格と大槍を持つ姿に、城の兵達はその者を怯えるように距離を取るしかなかった。
『ここじゃ!!!』
真柄は、その猛者に槍を合わせた。
真柄は、一瞬にして巧みに相手の槍を弾き、その男を突き伏せた。
『怯むことは無い!敵などこんなものじゃ!!よいかぁ!!絶対に、門を開かせてはならんぞ!それ!押し返せ!!』
『おおおぉぉ!!!』真柄の声に合わせて皆が敵に向かっていった。
一の丸は、まさに乱戦状態。押したり、引いたりを繰り返していた。
真柄が、震えてへたり込んで座っていた権左を見つけた。
『おい!権!水野様に援軍をよこすように、言ってこい!ここを落とされたら城は保たないとな!』
まだ、立てない権左を真柄は、権左の頬を張り飛ばした。『生きる為に、戦えと言っただろうが!おまえが行かなければ、皆死ぬんだぞ!』
『わかった。すぐに行きまする!』権左は深く頷くと、真柄に圧倒されたのか、一目散に水野もとに駆けていった。
『相変わらず足だけは早いのぅ。』呟くと、真柄は乱戦の中に舞い戻った。
真柄は、敵に押されている部隊を見つけては加勢に入り、押し退ける。
まさに、獅子奮迅の働きである。
次第に、返り血を浴びた真柄顔が赤黒くなっていた。
赤い具足を着ている真柄は、その姿を『鬼真柄』からまるで『赤鬼』の姿へと変えていた。
『水野様!!真柄様から援軍の要請にございまする!!』
権左は、水野のいる天守に駆け込んだ。
『ご苦労、して情勢は?』
『今のところは、一進一退ですが、真柄様がここを取られては、城はそうは保たないと。』
『さすが真柄じゃ!よくやってくれる!
あい分かった。わしの部隊を送る。すぐに送ると伝えてくれ!』
そう聞くと、権左は急いで真柄の元に戻った。
城を出た所で茂助の声に呼び止められた。
『おい!真柄は無事か?』
炊き出しの途中なのか手には、盆の上に握り飯を持っていた。
『今!急いでるだ!早く行かねば!真柄様は元気じゃ!』
権左が、走り出そうとすれと、
『おい!!権左!待て!もぅ昼過ぎだ、これを持ってけ』
持っていた握り飯を無理矢理持たせた。権左は走りにくそうに走り去っていった。
一の丸に近づくと、戦う男たちの声が聞こえてくる。
『真柄様…。』一の丸に着いた権左が見たものは、新手の敵が現れ混戦状態の状況だった。
敵味方、死者や怪我人に溢れていた。
権左は、真柄が言い聞かせた言葉を思い出し、意を決して中に入り叫んだ。
『皆様方!!もう少しで、水野様の援軍が参りまする!!!もう少しの辛抱ですぞ!!』
『おおお!!!大義だ権左!』
槍が折れ、刀で敵と鍔迫り合いをしていた、真柄が言った。
真柄に合わせ、兵達も声を上げ力を振り絞る。
その時『危ない!!』
権左が気が付いた。
たが、すでに遅かった。
城の塀の上から真柄を鉄砲で狙っていたのである。
鉄砲の甲高い音が鳴った。弾は真柄の足を貫いていた。
鍔迫り合いをしていた真柄の態勢が崩れ、敵に覆い被るように敵が馬乗りのようになった。
『わわぁぁぁ!!』
『ドスッ。』
馬乗りになっていた男に、横槍が刺さっている。
刺さる槍が震えていた。権左が落ちていた槍を拾い上げ、突いていたのだった。
真柄は、足をかばいながら立ち上がると、震える権左の槍を握り引き抜いた。
権左は槍を持ちながら、息を荒くし、腰を抜かしていた。
『やればできるではないか。』
真柄が、痛みを耐えながらも笑みを浮かべながら権左に言った。
『へへっ。』 権左は引きつりながら、笑い返した。
『わわぁぁぁ!!!』
その時、水野の援軍が傾れ込んできた。
『それ!!今だ!押せ!押し返せ!!』
真柄は、撃たれた足など気にも止めずに、前に前に繰り出した。
『ドォォン。ドォォン。』間の延びた、太鼓の音が遠くから聞こえて来た。退却を表す『退き太鼓』である。
『なんとか守りぬいたの…。今日はここまでらしいな…。皆よくやってくれた。』真柄は、戦いぬいた兵達に言葉を掛けた。
『ずいぶんと減ったのう。』
真柄が辺りを見渡した。辺りに見えるのは、敵味方、問わずただ死人の姿ばかりであった。
抱き抱えて泣いている者も多く見かけられた。
この日、一の丸では実に四度、数に勝る敵を押し返したのだった。
しかし、この華々しい戦果も、彼らには勝利とは、思えなかった。
ただ、仲間達が、次々と倒れ死んでいく。
倒れた仲間達の姿は、いずれ変わる自分の姿にも見えてた。
一つ一つ大事なものを失われていくだけ、それは自分の中身が削られていくような気持ちであった。
海東家は、この一戦で、ほぼ半数の兵を失なった。
城の中は傷兵で、溢れて
もはや二度と、敵を防げるような戦う力は残されてはいなかった。 兵士達は、炊きだされた握り飯を無言で口に運んだ。
太陽は、すでに西に傾いて、いつの間にか時間だけが経っていた。