拾壱の巻〜『嵐の前の夜』
真柄を見送った間も、ぞくぞくと城には籠城と聞いた、武家の妻子達が集まっていた。
そうした中の子供達を見て茂助は自分の村の子供達を思い出していた。
茂助は、自分の子供がいない代わりに村の子を集めては字を教えたり、共に歌を歌い、寺子屋のような事をしていたからである。
戦の酷さを知ってるからこそ、子供たちや村の人たちの顔が頭をよぎっていた。
二日後、城の守りの備えが整いはじめた頃、真柄の砦から早馬がやって来た。
『真柄様の部隊!岡上の部隊と交戦!見事、敵の第一波を迎撃、見事これを敗走させましてございまする!』
『さすが真柄様だ!』ワッっと城内が、沸きに沸いた!!
しかし、所詮は多勢に無勢吉報は、なかなか届かなかった。
『海東十内様、討ち死!三鷹の砦陥落しました。』
矢が刺さり、ボロボロになった使者がつたえた。
海東十内とは、亡き殿の従兄弟に当たる人物であった。
夜になると、西の三鷹砦が明るく光り、燃えている様子がわかった。その明かりは、大きくなったり小さくなったりと、まるで生きているように蠢いていた。他にも、各地で敗戦の報が相次ぎ、真柄からの使者も全く来なくなった。
敵はどんどんと、この城に迫って来た。
次の夜、
『茂助様!あれ?北の方向が明るく光っている。』
『真柄様までもか…。』 皆が肩を落としていた。
『馬鹿たれ!幸盛が死ぬ訳が無いだろが!必ず戻るぞ!』
一番その事実を信じたくない茂助は、声を張り上げ。外から目を背け、城の中に入り込んでしまった。その夜、やけに城の周りは静かだった。
ただ城の篝火だけが、パチパチと音を立ている。
この国の中で命のやりとりが繰り広げられているとは、考えられないほど静かだった。
だが、兵士達は、敵とともに着実に近づいて来ている、『死』というものを感じて、大半の兵が寝付けない夜を迎えていた。
茂助は、城の中にある米蔵が落ち着くらしくそこで、真柄を心配するうちに眠りに就いていた。
その時、『てっ敵襲!!』櫓から、物見が叫んだ。
兵士達は、皆飛び起きて櫓の上に向けて、
『どの方角からだ?』『数は?』櫓を見上げ、問い掛けている。
櫓の上にいる、若い足軽は身を乗り出して目を凝らしている。 続けて、物見が言った。
『北の方角から、約十数騎こちらに向かってきます!』 鉄砲隊の組頭の男が、
『十数騎だと!他の隊は見えるか?』
物見は、
『他の隊は、見えません!その部隊だけです。どんどん近づいてきています。』と答える。
確かに人影が近づいて来るのが見える。だが夜襲にしては、数が少なすぎる。 『味方か?』
『馬鹿野郎!そんなもん何処にいるんだよ!』
『夜襲ではなく、物見ではないのか?』兵達は、思い思いに思慮を巡らしながら、近づいてくる者を見失わないように見続けている。
その中には、鉄砲や弓を構えている者もいた。
『んっ?様子がおかしいぞ。』組頭が気が付いた。
その者達が、時折こちらに手を揚げ向かってくるではないか。今度は、皆が身を乗り出し目を凝らした。
すると、先頭に赤い具足を身につけ、握り飯を食べながら馬に乗っている者が真柄だと気付いた。
『真柄様じゃ、真柄様が帰ってきたぞ!』
『本当だ!真柄様だ!』
兵士達は、門に向かい走りだした。
真柄達が、ぞくぞくと城に入ってきた。
『怪我を負ってるものが多くいる、手当てをしてやってくれ。それと、』と言うと、真柄は櫓の方を振り返り『コラ!敵襲とはなんだ!落ち着いて報告しろよ!だが、しっかり見ている証拠だ。大義!』明るく言い放った。
櫓にいた足軽は、『失礼致しました!』と体を硬直させながら、頭を下げていた。
『真柄様とは知らず、まったく焦りましたぞ』さっきの組頭がホッとした表情でやってきた。
権左がやってきて、『わしなんて、危うく真柄様を射っちまう所でしたよ!』と言ってきた。
『お前の玉など当るか!お前は荷駄部隊だろうが!鉄砲など触るな!玉の無駄じゃ!』真柄は権左の頭を軽く叩いた。 『ハハハハハ!!!』
すっかり真柄は、兵達に囲まれてしまっていた。
そして、久しぶりに城の中が、明るくなった気がした。
真柄は、少し真面目な顔をすると
『わしは、これから水野様の所に行かねば、ならないのだ。
明日は、戦になるぞ!皆ゆっくり体を休めておけ!』そう言い、兵達を解散させると、真柄は、城の中に入っていった。
城の女達も、鉢巻きに襷掛けをして、すっかり城の中も戦の装いである。
『水野様、夜分に申し訳ありません。真柄幸盛、ただ今戻りました。』
水野は兵達の声に目を覚ましていた。
『真柄か、よく戻った。いつも難儀な役を押しつけてしまってすまんな。』
水野は、これまでの真柄に感謝するように礼を言った。
『なんの。いま少し耐えられると思ったのですが、二度ほど押し返すのが精一杯で…。砦に火を放ち逃げ帰っただけでございます。
この城に辿り着くまでにも、私の身代わりに沢山の者を死なせてしまいました。殿からお預かりした大事な兵も、今や、二十ほどに…。申し訳ありません。』
悔しそうに真柄は床に拳を叩きつけた。
『何を言う。お前が戻ったから、この城の者が戦う士気を戻したのだぞ。
わしは、少々、生き方を間違えたかの?兵達と笑い合った事など、わしには無かったからなぁ。寂しい人間だ。』
笑いながら、いままでの自分を振り返っているように話していた。水野は続けて『真柄。明日は、この城で戦になるか?』
『恐らく。ただ、これが私の最後の御奉公!存分に働いて御覧に入れまする!』
真柄は、力強く答えた。
『あい解った。!今宵は体をゆっくり休めてくれ、大義であった。』
と言いうと、水野は最後に頭を下げた。
真柄は『それでは、これにて失礼致します。』
と言い、陣に戻り始めた。
水野のもとから、陣に帰る途中に真柄は、城の格子窓から自分の砦の方向をみた。死んでいった家臣達の顔が浮かんだ。『わしも、もう時期そっちに行くぞ。もはやこれまでだ。』
しかし、真柄に悔いはなかった。
自分はここで、茂助に出会い生まれ変わった。
笑いもしない、偏屈な男が今、皆の中心で笑顔に溢れている。さらに、侍大将まで出世まで出来た。そんな大切な国の為に死ぬことは、自分の本懐と考えていたからだ。 しかしながら、生まれてくるはずの子を殺してしまう事だけが心残りだった。
『一度でいいから、自分の子というものを抱いてみたかったな。』
まだ見ぬ、我が子を想像していた。
『旦那様。よくご無事で。』
真柄が戻ったと聞いた、おふうが真柄を探し、やっと声を掛ける事が出来たのだった。
大きなお腹をしていたが、鉢巻きをして、襷を掛けている、おふうを見た真柄は
『おふう。何をしているのだ、その格好は城の仕事をしているのか?駄目ではないかじっとしていなければ!』
真柄は強い口調で問い詰めた。
おふうは真柄の口調に怖じける事無く
『子供というのは凄いものですね?』と、やさしく言い返した。
『何の事を言っているのだ?』
真柄は厳しい顔のまま、おふうを見た。
『私が、城の中で貴方様のことを心配していると、この子がお腹を蹴るのです。
まるで、わたしに大丈夫だと勇気づけるように。
それで、なんだか、じっとしていられなくて…。きっと、この子は貴方のように強い子なんでしょうね。』
目に涙を溜めながら言う、おふうを真柄は抱き寄せた。
『すまん…。すまん…。
すべて俺のせいだ。これも、武家の生き方、我らの定めと思って…。許してくれ…。』真柄も今まで我慢していたものが一気に流れた。
『あっ!また、お腹を蹴りましたよ。貴方が弱気な事を言うからですよ。
今まででも、私は幸せでしたよ。
この子とは、あの世行ってから三人でゆっくり暮らせば良いではありませんか?』おふうは、泣き顔を精一杯の笑みに変えて真柄をなだめた。
『しかし、わしは死んだら地獄行きだぞ!参ったなぁ。おふう達と、離れてしまうぞ!』真柄も、負けじと笑顔で返した。
『それならば、閹魔さまに頼み込んで地獄行きにしてもらいましょう!』おふうが気丈に答えた。
『ガハハハ!やっぱり、おふうには勝てぬなぁ〜完敗だ!』いつもの笑顔で言うと。
『最後は、一緒に…。』おふうが、一呼吸おいてから言った。
真柄は、静かにうなずいた。言葉などは使わなくても、お互いが、その気持ちは手に取るように解っていた。
『そろそろ、戻らねば。お前も体を気を付けるのだぞ。』
二人は離れ、それぞれの場所へと帰っていった。
真柄に涙はもうなかった。
真柄の中には、何があってもおふうを、一人では死なせないという決意が生まれていた。
おふうは、涙を拭いながらただただ、もう一度逢える事を祈ることしか出来なかった。
その夜。敵方は連携を保ちつつ、夜陰に紛れながら。海東勢の籠もる、この城を取り囲むように兵を進めていた。