拾の巻〜『流れにもがく』
こうした、主君の死を知られない為の策はあまり効果は無く、海東家を狙う他家の間者などにより、雪解けを待たず隣国の知ることとなった。
各地から調略の手が延び、領内でも、謀反が相次いだ。
茂助は、仲間同士の戦の中でも『ご苦労やったの。ご苦労やったの。』と変わらぬ笑顔を振りまき、飯をつきり椀を配りながら、元気づけていた。
しかし、すっかり領内は荒れ、謀反が相次いだ結果、侍達は互いを猜疑心で見るようになってしまい、信頼も希薄になりつつあった。そうした彼らの唯一の希望は、『鬼真柄』の存在だった。
隣国にも知られた彼は、どの大名家からの調略も受けたが、なびかずに先駆けの精鋭を率い戦い続けていた。
そんな真柄の姿が壊れかけた、武士達の心を繋ぎ止めていた。だが、とうとう春を迎えた。
『申し上げます!!』北を守る真柄の中島砦から早馬がきた。『岡上勢、約2000領内に向けて進軍中!』
次は、西を守る三鷹砦から『西からは、柿崎勢、約3000国境に迫っております。』
さらには、南の木之内家に潜ましていた、忍びの黒雲が戻り『木之下家に、近々出陣の兆しあり。まだ数は、わかりませぬが、大軍に違いますまい!』
夕刻。城内において、すぐに軍議となった。
家老の水野は、腹を括ったのか、すっきりとした顔をしていた。
『軍議の前に申しておきたいことがある。黒雲ら我らの忍びが得た話によると、どうやら、敵は密約を交わし同時に攻め込んできたらしい。
そして、奴らは、我らの領地を分け合う腹だろう。
皆、殿が亡くなってから、よくこれまで戦い抜いた。この水野、礼を言う。今、命を無駄に散らすこともない。
去りたいものは、去って構わない。咎めはせぬ。正直に申せ?』
『これで、よろしいですな凪さま?』水野は居合わせている凪の方に問い掛けた。凪の方は俯き『致し方ありません。これも定めでしょう。』
返事を受けた水野が、皆を見渡した。しかし、誰も言葉も出さず、水野を見つめていた。
真柄が口を開いた。
『水野様!ここに来た者は、海東の家に命を捧げたものに御座りまする。
この大戦に出会えたことも幸せ。
精一杯戦い、後は城を枕に討ち死にすればそれでよい!!』
『おおおお!!!』 男たちが一斉に声を挙げた!
『礼を言う…。』水野は声を詰まらせながら頭を下げた。
『それでは、この真柄、我が中島の砦にて、出来るだけ岡上を叩きまする。必ず生きて戻ります!では、御免!』勢い良く飛び出していった。 真柄は城を出るときに、せっせと城に米や味噌を運び入れる茂助を見つけた。
『あと一息だぞ!もう少しで戦の時、腹一杯食えるぞ!』声を張り上げている茂助に、声を掛けた。『元気だの親父殿は。』
『砦に戻るか?』心配そうに茂助が問いかけると、
『大丈夫じゃ、叩くだけ叩いてすぐ戻る。おふうも、この城に入るしな。
おふうと最後は一緒に、と約束もしてるのだ。必ず戻らねば、あの世に行っても恨まれてしまう。』
『そうだ、これを持っていけ』懐から茂助は、握り飯の入った包みを取り出すと、三つの握り飯を一つの大きな握り飯に作り変えた。『そんなに、でかくしたら食べずらいではないか?』言い返すと。
『だからよいのだ。闘いの間に食べるには、大き過ぎる。
少し食べたら残さにゃならん。だから、また食べる為に生きなきゃならない。
この、米炊きの茂助様の握り飯だ、必死に戦いたくなる味がするぞ!』
得意げに茂助は、腕組みして言い聞かせた。
『ハハハッ!親父殿には勝てぬなぁ!わかった。大事に食って、長生きするわ!』
『では!』と馬にまたがり、砂埃をあげ勢い良く駆け出していった。




