第34話:雷鳴双翼、無双の夜
最初に姿を現したのは、牙を剥いた大狼の群れだった。
リィナが駆け抜けるたび、雷晶石の短剣が閃き、稲光が走る。
巨体が音もなく崩れ落ち、草の匂いに焦げた匂いが混じった。
「軽い……切れ味もすごい!」
悠真は雷光の剣を振り下ろし、轟音と共に十数体の魔物を一瞬で灰に変えた。
青白い閃光が闇夜を裂き、視界いっぱいに暴れ回る。
「威力は十分。問題なしだ」
――だが。
森の奥から、低い振動が地を這うように伝わってきた。
木々が一斉になぎ倒され、闇の中から溢れ出す魔物の群れ。
狼、蜥蜴、巨大な虫、影のような獣――視界の端から端まで埋め尽くすほどの数だった。
リィナの足が止まる。
「……え、ええ〜! これはちょっと、多すぎない……?」
悠真は肩をすくめ、苦笑した。
「腕試しのつもりが……模擬戦どころじゃないな」
「これじゃあ、街が……飲み込まれちゃうよ……!」
それでも、リィナの瞳は怯えよりも熱を帯びていた。
短剣を素早く納め、背中の弓を引き抜く。
弦を軽く弾き、笑みを浮かべた。
「でも――こういう無茶の方が燃えるんだよね!」
「同感だ」
悠真は剣を構え、雷鳴を呼び起こす。
青白い光が空を裂き、闇夜を昼のように照らした。
「まとめて灰にしてやる!」
リィナは弓を引き絞った。
雷迅の弓は、雷鳴丘の残滓が宿ったかのようにしなやかに光を放つ。
一射目、放たれた矢は稲妻の軌跡を描き、前方の魔狼の頭を貫いた。
命中と同時に空気が爆ぜ、周囲の魔物が連鎖するように弾き飛ばされる。
二射目の矢が地面に突き刺さると、雷が駆け抜け後方の群れを薙ぎ払った。
“雷矢変換”と“属性共鳴”――二つの特性が完璧に融合した瞬間だった。
「ひゃっ……これ、本当に私の矢……?!」
リィナ自身が目を丸くする。
撃った矢が雷精のように変化し、森を照らしていく。
次々と放たれる矢は木々の間を閃光のごとく走り、
魔狼が雪崩のように倒れていく。
一人で軍勢を薙ぎ払う狩人のように見えた。
「すげぇな……。だが、まだ来るぞ!」
悠真が前に出る。
矢の雨を抜け、なおも魔物たちは突進してくる。
十、二十、三十――際限がない。
「悠真、後ろ! 囲まれる!」
リィナの叫びにも、彼は振り返らない。
むしろ口元に笑みを浮かべた。
「いい機会だ。雷光の剣、本気で試してみるか」
剣を天へと掲げる。
瞬間、空気が震えた。
雷雲もない夜空に、白き稲妻が奔る。
刃を振り下ろす――雷が地を裂き、群れの中心へ突き刺さった。
耳をつんざく轟音。
衝撃波が草木をなぎ倒すと共に、魔物たちが一斉に跳ね飛ぶ。
黒焦げの残骸が、雷鳴の残響とともに夜空へ舞い上がった。
「……一撃で、これ……?」
リィナの声が震えた。
煙が晴れると、地面には焦げた魔物が折り重なっていた。
ただの一撃で、群れの半分が消えていた。
だがまだ終わりではなかった。
後方からさらに大群が押し寄せてくる。
「数が減ったくらいじゃ止まらないよな」
悠真は低く呟き、再び剣を構える。
振り下ろした軌跡は雷そのものだった。
二閃で数十匹が灰になり、三閃で大地に亀裂が走り、
電撃が根こそぎ群れを焼き尽くす。
雷鳴は終わらない。
もはやそれは一人の剣士の戦いではなく、
天そのものが怒りを爆発させているかのようだった。
リィナの手も止まらない。
矢が雷に導かれるように飛び、放つたびに稲妻が奔る。
弓と剣、雷と矢――二つの光が絡み合い、
嵐のように大地を覆い尽くした。
やがて最後の雷光が森を貫き、
轟音とともに魔物の群れが完全に沈黙した。
森には静けさだけが残る。
悠真は剣を地に突き立て、息を整えた。
「……終わったな」
風が抜け、焦げた匂いが遠ざかっていく。
生き残った魔物は一匹もいなかった。
「う、嘘みたい……」
リィナは弓を握ったまま震えていた。
自分の矢が、こんな力を持っていたなんて夢にも思わなかった。
悠真も剣を見つめ、静かに呟いた。
「……俺たち、強くなりすぎてないか?」
「かもね。でも……悪くない気分だよ」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
雷と矢が織りなした無双の戦いは、
彼ら自身にすら驚きを与えていた。
ーーーーー
街はまだ騒然としていた。
魔物の群れを退けた悠真とリィナの名は瞬く間に広まり、
人々は彼らを英雄のように扱い始めた。
広場を通るたびに「おかげで助かった」「雷鳴の勇者だ!」と声が飛んでくる。
本人たちは照れくさそうにしながらも、決して悪い気はしなかった。
「悠真、聞いた? 英雄だってさ!」
リィナが胸を張って歩く。
「いや、浮かれるなよ。俺たちはやるべきことをやっただけだ」
「でも、みんな本気で感謝してるよ。
悪い気はしないでしょ?」
そう言って笑う彼女の表情は、
戦場での鋭さとは打って変わって無邪気だった。
その日のうちに、悠真は一人で雷鳴丘へと向かった。
雷光の剣を掲げると、稲妻は道を開き、
嵐すらその力に逆らえなかった。
「やっぱりな、今なら造作もないか」
頂上で雷晶石の短剣を掲げた瞬間、
天が裂けたような閃光が降り注ぎ、雷が刃を駆け抜けた。
轟音が収まると、手の中には新たな武器が生まれていた。
《雷哭の短剣》
特性①:雷撃付与(斬撃時に稲妻が走り、感電効果を与える)
特性②:瞬閃移動(戦闘中、短距離を電光のように移動できる)
「……これで完成だ」
翌朝、街へ戻った悠真はその短剣をリィナに手渡した。
「わー、ありがと!」
リィナは嬉しそうに短剣を構え、軽く振ってみせる。
刃が空を裂き、稲妻の尾が残った。
「ちょっと強くなった気がする」
「いや、かなり強くなったぞ」悠真が真顔で言う。
「そ、そう? 本当に?」
「次は俺が置いてかれるかもな」
「そんなことないよ! ……たぶん」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
雷鳴丘での嵐が嘘のように、リィナの笑顔は明るく輝いていた。
そんな折、街の宿で一人の旅人と出会った。
雪を思わせる純白のマントを翻し、先の尖った帽子に氷の結晶を象った飾りを揺らす銀髪の女性だった。
腰に携えた黒木の杖には古代文字が刻まれ、深青のローブには大胆なスリットが入っている。
ひと目でわかる――この世界において只者ではない、魔法使いだった。
「やっと見つけたわ! あなたが……雷を呼ぶ剣士ね?
そして、あなたがその相棒でしょ?」
彼女はまっすぐ悠真を見つめ、口元に淡い笑みを浮かべた。
「にゃ、にゃんだ……?」
リィナがたじろぐ。
息を切らせながらも、彼女は目を輝かせた。
「私はセレス。雪山の村から来たの。お願い、助けて!」
言うが早いか、セレスは勝手に椅子を引いて腰を下ろし、
卓上の水差しをぐいっと一気に飲み干した。
「ふう〜、生き返るわ。でね、事情を説明するわ」
悠真とリィナが顔を見合わせる間にも、
彼女は早口でまくしたてた。
「雪山の村ではね、このところ異様な寒波が続いてるのよ。
それに魔物が妙に活発になってきて、村の外にすら出られりゃしない。
食料も底を尽きかけてて、このままじゃ全滅よ!
しかもね、村を守っていた『氷の盾』まで消えちゃったの」
そう口にする刹那、彼女が触れた水差しの縁から、
ビー玉ほどの小さな氷の粒がこぼれるように生まれていた。
テーブルに転がり落ち、白く濁って回転しながら消える。
話している最中も、小さな氷の粒が一つ、また一つと現れては、
音もなく溶けるように消えていた。
まるで彼女の感情に合わせて魔法が無意識にこぼれているかのようだった。
「え? え……?」
悠真は一瞬、粒が気になって頭に入ってこなかった。
「だから〜! 私の村、めっちゃ寒くなって、魔物も暴れまくりで、
食料もつきてヤバイの。で、『氷の盾』まで消えちゃったの!」
セレスはわざとらしく机をドンと叩いた。
氷の粒もそれに合わせて跳ね、薄い光を放って消えた。
「ちょっと……落ち着けよ」
悠真はため息をつきながらも、テーブルに目を奪われていた。
「つまり――『氷の盾』が消えたせいで、
村の防衛が崩壊寸前ってわけか」
リィナも小さく頷く。
「村人がすごく困ってるってことだよね」
「そう! そういうこと!」セレスは嬉しそうに手を叩いた。
「それでね、私ひとりじゃどうにもならなくて……
あなたたちにお願いしたいのよ」
リィナはうなずきつつ、テーブルの上で消える氷の粒にみとれていた。
セレスの図々しさと真剣さが混じった調子に、
悠真は思わずため息をついた。
リィナと視線を交わすと、2人はにやりと笑って肩をすくめた。
「また面白い話が転がり込んできたね。どうする、悠真?」
「……放ってはおけないな。雪山の村、行ってみようか」
「やっぱりね! じゃあ決まり! 三人旅だ!」
こうして三人は、雪山の村へと向かう旅に出ることになった。
ありがとうございます。
ここからが“分岐点”です。
次回『偏屈ツンデレ魔法使いセレス参戦! 雪山を一瞬で凍てつかせる最強ブリザード』
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