第28話: 絶望の魔将と、生き残った代償
バルグ=ゾルダが剣を振り上げた瞬間、
空間がねじれるほどの重圧が戦場を呑み込んだ。
空気が震え、全員の肌が総毛立つ。
「来るぞ!」
悠真が叫ぶと同時に、魔族の将の剣が地面を叩き斬った。
ズンッ——!
大地が悲鳴を上げるように割れ、
衝撃波が一直線に走る。
「っぐ……!」
健吾が盾を構えて真正面から衝撃を受け止めるが、
その一撃は凄まじく、地面を滑るように後退させられる。
靴が土を抉り、腕が軋む音が聞こえるようだった。
「健吾! 下がれ!」
悠真が叫ぶが、敵の攻撃は止まらない。
バルグ=ゾルダは寸分の隙も与えず、
さらに踏み込み、剣を旋回させながら薙ぎ払う。
「リィナさん、援護を——!」
美咲の声が届くより早く、リィナの矢が放たれる。
だが矢は甲高い音を立て、バルグ=ゾルダの鎧に弾かれた。
「なっ……!」
「鎧が、違う……。魔力の障壁を纏ってる!」
悠真が目を細めて呟いた。
バルグ=ゾルダの装備はただの鎧ではなかった。
常時、周囲の魔力を循環させ、自動で防御結界を展開している。
「それなら、こっちも力で押し切る……!」
一真が烈火の刃に全魔力を込め、
渾身の斬撃を叩き込む。
ゴォォォッ!!
炎が爆ぜ、バルグ=ゾルダを包み込む——が、
その中心から、冷たい声が響いた。
「虫けらが……」
次の瞬間、漆黒の魔力が爆発し、
炎を一瞬で吹き飛ばした。
一真は咄嗟に飛び退くが、爆風に巻き込まれ、
再び地面を転がった。体中が焼けるような痛みに襲われる。
「みんな、下がって!」
美咲がランタンを掲げ、広範囲に光の防御結界を展開する。
しかし、その光さえも、奴の剣が割って飛んでくる。
「無駄だ。光も火も水も、全て砕く。」
ズドォン!!
「きゃあっ!」
美咲の悲鳴が響く。
ギシギシ……パキィィィン……!
爆音と共に、美咲の結界が蜘蛛の巣のようにひび割れ、
次の瞬間、無数の光の破片となって四散する。
リィナが危うく美咲を抱きかかえ、
間一髪で致命傷を回避した。
「悠真! このままじゃ……!」
リィナの声が震える。
「くっ....!」
悠真は歯を食いしばり、バルグ=ゾルダを睨んだ。
(強い……本当に、桁違いだ。
剣が振り下ろされる瞬間、視界が歪み、音が消え、
ただ死だけが迫ってくる……このままでは、誰も生き残れない。
心臓が、握り潰されるような恐怖……)
全身に走る痛み。
最初の衝撃で腕は痺れ、呼吸すらままならない。
仲間たちも皆、限界に近いのがわかった。
汗と血と土にまみれた顔が、夕光に浮かび上がる。
(まだ、終われない……ここで負けるわけにはいかない!)
それでも、悠真はバルグ=ゾルダの前に、
よろめく足で立ちはだかった。
槍を構え、次の一手を探ろうとした——その時——
ズズン……!
空気が変わった。
バルグ=ゾルダの動きが、突如として止まる。
彼の鎧が低く唸り、金属の奥から微かな振動音が響いた。
まるで何かからの指令を受け取っているかのように。
遠くで、別の大規模な魔力の爆発音のようなものが響いた気がした。
地面が微かに震える。
「……ふむ。なるほど、わかった。」
バルグ=ゾルダは一歩、二歩と後退する。
「待て……逃げるのか?」
一真が剣を構え、警戒を強める。
しかしバルグ=ゾルダの顔に焦りはない。
むしろ、深い嘲りの笑みが浮かんでいた。
「……ふむ。時間か。どうやら予定より早く『あちら』が本格的に動き始めたようだ……」
彼はゆっくりと剣を下ろし、
背後に巨大な黒紫の魔法陣を展開させた。
「命拾いしたな、勇者ども。……だが喜べ。
貴様らに与えられた時間は、もう長くはない。」
悠真が槍を握りしめ、低く問う。
「どういう意味だ……?」
バルグ=ゾルダは答えない。
ただ、底知れぬ闇の双眸で悠真を一瞥しただけだった。
「次に会うとき、貴様らは本当の絶望を知ることになる。」
その言葉を最後に、背後に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
黒紫の光が螺旋を描き、空気を震わせる。
「逃がさない……!」
一真が立ち上がり駆け出そうとするが、悠真が止めた。
「やめろ!一真……今は勝てない。」
それは、怒りでも悔しさでもなく、冷静な判断だった。
「しかし……!」
「駄目だ!追えば必ず誰か死ぬ。
その時を待つんだ。次は……次こそは倒す。
....今は.....力を蓄えるんだ。」
一真は唇を噛みしめながらも、剣を下ろす。
バルグ=ゾルダは静かに笑い、
魔法陣の中へと姿を沈めていく。
やがて光が消え、戦場には再び静寂が戻った。
焦げた地面からはまだ煙が上がっている。
誰もがその場に立ち尽くし、ただ、呼吸を整えることしかできなかった。
「……今回は、勝ったわけじゃない。
運よく生き延びただけだ。」
悠真の言葉に、誰も反論する者はいなかった。
いや出来るはずがなかった。
——次こそは、必ず。
戦場を照らす夕光が、黒く焦げた大地を静かに包み込む。
焼けた空気の中、わずかに差し込む光が、
まるで「生き残った者たちへの祝福」のように見えた。
悠真は槍を支えに立ち尽くしていた。
あの圧倒的な力……自分がまだ遥かに遠い場所にいることを、
痛いほど思い知らされた。
(俺は、まだ弱すぎる……!)
背後から、小走りに駆けてくる気配があった。
「悠真!」
振り向くと、美咲がそこにいた。
顔には煤がつき、髪も乱れている。
それでも、その瞳だけは真っすぐに彼を見据えていた。
「助けてくれて……ありがとう。
あなたがいなかったら、誰もあの場を生き延びられなかった。」
その声に、悠真は小さく首を振る。
「ちがう。何もできなかった。
まるで歯が立たなかったんだ。
守れたのは……ほんの少しの時間だけだった。」
静かに目を伏せる悠真を、美咲はしばらく見つめていた。
そして、言葉を重ねる。
「それでも、あなたはあのバルグ=ゾルダの前に立ったわ。
誰よりも冷静に……誰よりも強かった。」
近づいた美咲は、ほんの一瞬ためらってから、
真剣な瞳で言った。
「……これからも一緒に戦ってほしい。
私たちは、もっと先に進まなくちゃいけない。
あなたとなら、それができる気がするの。」
悠真は短く息を吐いて、美咲を見つめ返した。
「....気持ちは嬉しい。だけど……俺はまだ非力だ。
この力を使いこなせてないし、自分がどこに向かってるのかも、わからない。
……それに、俺の進化の力はまだ不安定なんだ。
暴走すれば、仲間を巻き込むかもしれない。
だから今は、一緒に行けない。」
「でも……!」
「だから、すまない。まだ行けない。
もっと強くならないと、次は誰かを守れない。」
そう言って彼はゆっくりと目を逸らした。
「だけど、必ず戻ってくる。
そのときは、今よりもっともっと強くなって戻ってくる。
必ず、お前たちの隣で、胸を張れるように。」
美咲はしばし黙り込み、それから静かにうなずいた。
「……うん。.....待ってる。」
そのとき、背後から大きな声が響いた。
「おいおい、哀愁ムード出してんじゃねーよ!」
健吾が笑いながら近づいてきた。
「まったく……ただの道具屋だった奴が、
バルグ=ゾルダに一太刀でも入れようとするなんてな。
お前、本当に人間かよ?」
悠真は肩をすくめて苦笑する。
「一太刀どころか、掠りもしなかったけどな。」
「それでもだよ! あいつの剣を真正面から受け止めたのは、お前だけだ。
胸張れって!」
健吾は力強く拳を差し出す。
悠真も黙って、それを拳で返す。
その音は小さかったが、確かなものだった。
そして、最後に一真が近づいてくる。
少し距離を取りながらも、言いたいことは山ほどありそうな顔をしていた。
言葉を探すように少し間を置くと
「……何も言わずに、またどっか行くのかよ。」
「言っただろ、俺は旅を続けるって。」
「チッ。……まあいいさ。どうせ俺たちが先に魔王をぶっ倒すんだ。
あとから来て、出番がなくなっても知らねぇからな。」
その言葉とは裏腹に、一真の顔にはわずかな悔しさと、
尊敬の色がにじんでいた。
悠真は小さく笑って言った。
「それでも、追いついてみせるよ。負けないさ。」
三人の表情にはそれぞれ複雑な想いが浮かんだ。
美咲は唇を噛みしめながら、彼を見つめる。
健吾は腕を組み、いつものように笑ってみせたが、
その瞳には名残惜しさがあり、どこか寂しげだった。
一真はふっと目を逸らし、小さく呟く。
「……ま、そっちはそっちで、険しそうだけどな。」
「どうだかな....お前らだって、ずっと修羅場の連続だったんだろ?」
悠真が笑いながら返すと、4人の間に静かな空気が流れる。
言葉は多くなかったが、それでも互いの胸に、
確かな絆が刻まれていた。
やがて、美咲が柔らかく微笑んだ。
「絶対に、また会えるって信じてるから。」
「ああ。その時は、少しは胸を張れるくらいにはなってるつもりだよ。」
悠真は短くそう答えると、名残惜しそうに一人ずつ見つめ、
静かに背を向けた。
再び歩き出す彼の横に、リィナがぴょこんと無言で並ぶ。
背後では、勇者たち三人がしばらくその背中を見送っていた。
そして、それぞれが小さくうなずき合い、彼らもまた歩き始める。
交わることのなかった別々の道。
しかしその先には、同じ敵、同じ終着点が待っている。
——それぞれの覚悟を胸に、旅は続いていく。
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戦場を離れ、夜の帳が降りた森の小道。
魔将が退いたことで、魔族の大軍も徐々に後退を始めていた。
悠真は黙って歩きながら、右手の天穿の槍を強く握っていた。
(……まだ、足りない)
あの圧倒的な力の差。
バルグ=ゾルダの剣が振り下ろされる瞬間、
何度も脳裏に蘇る。
「悠真? どうしたにゃ?」
リィナが心配そうに顔を覗き込む。
「……少し、考え事だ。
俺のこの力……本当に使いこなせてるのか、ってな。」
悠真は足を止め、空を見上げた。
「進化は、ただ強いアイテムを使えばいいわけじゃない。
もっと……深い条件がある気がするんだ。
極限の状況とか……俺自身の想いとか……」
言葉にしながら、自分でも驚くほど明確にその“法則”が浮かび上がってくる。
偶然にしては、出来すぎている。
「……リィナ。俺たち、これから少し危険な場所に行くかもしれない。」
「にゃ?」
悠真はゆっくりと微笑んだ。
「もっと強くなるために、必要なものがあるんだ。」
冷たい夜風が二人の間を通り抜ける。
遠くの空で、**一筋の雷光**が、はっきりと光った。
(雷……? 気のせいか……?
いや……これは……何か、呼んでいる……)
悠真は眉を寄せたが、すぐに首を振って前を向いた。
——まだ見ぬ“何か”が、彼を待っている予感だけが、
静かに胸の奥でざわめいていた。
ありがとうございます。
まだ見えていない“何か”があります。
次回『俺の想いが、進化の法則を書き換える』
面白ければ★お願いします。




