2-22.帰ってから
「えー、もう帰るん? あたし、まだこの世界ゆっくり回ってへんのに」
無事に記憶封じの魔法は解けた。盗みや誘拐、魔法使い達への攻撃をしたバルベラは捕まり、逃げられない状態にある。
今回の事件は、無事に解決したのだ。
友希乃がバルベラに連れ去られたことで、飛鳥と三樹利はシェルヴァンナへ来たのだが、全てが片付いたので帰ることができる。
で、サンジュリアンに元の世界へ送られることになったのだが……友希乃はかなり不満そうにしていた。
実在するとは思わなかった異世界。そこに来ているのに、見たのは魔法使いの館にある部屋くらい。
バルベラに連れて行かれた時に街へ行ったが、声を出なくされたり、手が動かないようにされたりで、見る余裕なんてなかった。
同じようにシェルヴァンナへ来ていたのに、自分だけが結局ずっと意識のない状態でこの異世界をしっかり見ていない。不公平だ、とぼやいていた。
「観光に来たんとちゃうやろ。制服のままやったら、社会見学やんけ」
「それでもええけどなぁ。うちの学校、大した場所へ連れてってくれへんし」
ぶちぶちと友希乃は文句を言うが、三樹利は耳を貸さない。
「今回のことは、我々の落ち度が原因でもある。済まなかった」
「え……あ、別にそんな……」
リラックに頭を下げられ、丁寧な態度に友希乃もちょっと戸惑う。
「なーんか、またゆっくり話もできひんうちに、帰ることになってしもたなぁ。次はもっと落ち着いた時に来るわ。……来るって言うても、迎えに来てもらわな来られへんけど」
飛鳥の言葉に、サンジュリアンが三樹利の方を見る。三樹利は、軽く肩をすくめた。
「ねぇ、飛鳥。言っても無駄かも知れないけれど……あんまり無茶なことはしないでね」
ユニ・ブランは、本気で心配そうな顔をしている。
「本当に無駄なことだな」
横で相槌を打つサンジュリアンの足を、飛鳥は踏み付けた。
「いってぇな。俺が嘘でも言ったか?」
「また踏まれたいか?」
「遠慮する」
サンジュリアンは、三人が元の世界へ戻るための呪文を唱え始めた。魔方陣の周りが光り出す。
「ふわぁー、きれーやなぁ」
シェルヴァンナへは無理に連れて来られた形の友希乃は、魔法の光にみとれている。バルベラに引っ張られていた時は、光がどうこうなんて見ていられなかったから。
「みんな、元気でっ」
飛鳥の声が届いたかどうかは、もうわからなかった。
次の瞬間には、飛鳥の部屋にあるタンスから出てしまう。あっけない程の短い移動時間だ。
「前と同じように、俺達がシェルヴァンナへ向かって少し経ったくらいの時間に戻って来ている。特に影響はないはずだ」
「こっからベルバラが出て来て、一時はどうなるかと思たけど」
友希乃が連れて行かれた時は、二人ともどうしようかとパニックになりそうだった。いや、なっていた。
「じゃあな」
サンジュリアンが、タンスの中へ戻ろうとする。
「えー、サンジュリアン。もう帰んの?」
「あっちで魔方陣が開いた状態だからな。長くはいられない。近くにリラック達がいるから、滅多なことは起こらないけど」
「そしたら、お茶でも飲んで行きぃな。あ、あたしの家とちゃうんやった」
友希乃も飛鳥と一緒になって、サンジュリアンを止めようとする。
「悪いけど、今日は帰るよ。ゆっくりこの場にとどまれる状態で、魔方陣を開いた時にでも」
「絶対やで。うち、いつもシェルヴァンナへ行くと、ばたばたしてるやん。ユニ・ブランとかナーチェとかと、全然ゆっくりしゃべってへん。サンジュリアンとも、その時に起きた事件以外のこととか、しゃべりたいやん。近いうちに来てや」
「そうや。あたしかて、ずっと一緒にいたのはあの悪人魔法使いだけやん。後はぼーっとしてただけやし。別世界があるってわかったんやもん、今度こそしっかり見てみたいわ」
「あ……ああ」
サンジュリアンは歯切れが悪そうにうなずき、タンスの中へ消えようとした。
「サンジュリアン、ちょっとタンマ」
タンスの中へ上半身だけ入り、三樹利がサンジュリアンを掴まえた。
「な、何だよ」
「さっき、言うてたことやけどな」
言い掛けて、三樹利は後ろの二人に聞こえてないことを確認する。
「……絶対に何もないって保証があるんやったら……来てもかまへん」
「三樹利は、それでいいのか?」
「黙っといたらそれまでなんやろうけど……シェルヴァンナへ行こうとしても二度と行けへんって状態になったら、嵐が大規模になりそうや」
三樹利が「二度と来ないでほしい」と言ったことを、飛鳥や友希乃に知られなくても。
不満のはけ口は、きっと三樹利に全て向けられる。
サンジュリアンが全然来てくれへんっ。どないなってんねんな。
こんな話は他の誰にも言えないから、事情を知る三樹利が聞かされることになる。一人ならともかく、二人も相手にさせられるのは……。
行けば命の危険が、という訳でもない。飛鳥だけでなく、友希乃までシェルヴァンナへ行きたがっている。それを三樹利の一存で行けないようにしてしまうのもちょっと……と考えが少し変わった。
甘いのかも知れないが。
「わかった。また来られる日があれば」
「けど、俺のおらん時に二人を連れてったら、承知せぇへんからな」
「その時にならなきゃ、わからないけどな」
「おい、こら。どういう意味やねん。ちょっと待て」
冗談交じりの言葉を残し、サンジュリアンは消えた。
いきなり三樹利の前に、ばさっと布が現れる。魔法が切れ、飛鳥のタンスに戻ったのだ。
三樹利がタンスから顔を出すと、飛鳥と友希乃が魔法使い達の話で盛り上がっていた。
「あの赤い髪の人、むっちゃかっこええな。店の人以外であんな丁寧に頭下げられたん、初めてやわ」
「リラックって言うねん。魔法使いのリーダー、やってんねんで」
「落ち着いた雰囲気で、大人の魅力やわ。それと、体格のいい人。何か体育会系の感じやな」
「それはグルナッシュ。アクション映画とかにピッタリや思わん? 顔もなかなかやろ」
「低い声やのに、重くないっていうのがええやん。ああいう声の人も好きやわぁ。銀髪の少年なんか、むっちゃかわいかったやんか。あの子も魔法使いか?」
「アロース・コルトン。れっきとした魔法使いやで。うちらと同い年」
「えー、反則級のかわいさやんか。普通、同級生にあんな子、おらへんで」
「まだ半人前やけど、すぐ魔法の腕も成長すると思うわ。二、三年もしたら、もっとええ顔になるやろなー。女の子が放っとかへんわ」
「うんうん。あと、サンジュリアン、やったっけ。ちょっと突っ張ったような感じもするけど、からかったら面白そうな気がするなぁ。かわいい面が出たりして」
「ゆきちゃん、短時間でよぅ見てんなぁ。実はあれで、なかなかかわいかったりするんよ」
話が尽きない。女は三人寄ったら姦しいとは言うが、飛鳥と友希乃二人だけでも十分だ。
「お前らなぁ……男の品定めしてんのか」
「みーやん、そんな言い方する? 男の人かて、近くにきれいな女の子がいたら、その子の噂するやんか。うちらかて、かっこいい人がいたら、やっぱり言いたいやん」
「まして、かっこいい上に魔法使いやで。余計に引かれるもんがあるやんか。兄ちゃんもあのお姉さん、きれいやと思うやろ? 一緒にこの話、しゃべってくれる相手がおらへんだけで」
友希乃は、ユニ・ブランのことを言っているらしい。
「さっき、サンジュリアンと何かしゃべってたやん。みーやんとは割りと気が合いそうやし、二人でいたらそういう話で盛り上がるかも知れへんで」
「サンジュリアン……なぁ、兄ちゃんの名前、サンジュリアンみたいやん」
「はあ? 何やねん、それ」
「三樹利の漢字、サンジュリって読めるやん。うちらの名字、安藤やから、つなげたらサンジュリアンやで」
「あー、ほんまや。うち、サンジュリアンって人に縁があるんやなぁ」
「強引すぎるやろ……」
飛鳥の言葉に、三樹利は力が抜けそうになった。
サンジュリアンにさっきの言葉は取り消しって……言えへんやろな。俺、もしかしたら早まったか。
少し後悔している三樹利の心も知らず、飛鳥と友希乃はシェルヴァンナの魔法使いの話で、また盛り上がり始めるのだった。





