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第一章1  『無能力の高校生』

挿絵(By みてみん)

地上51階ビルの最上階――悠々と構えられた大浴場に一人の男子高校生が神妙な表情を浮かべていた。


「やっぱこんな時間じゃ誰も入ってこないな」


こんな時間と聞くと深夜か早朝を想像するだろう。しかし、彼がのんきに温泉につかっているのは高校の

始業ベルが鳴る10分前である。


彼――喜多宰人(キタ サイト)は名前に反し『多くの喜びを宰る(つかさどる)人物』などではないが、自らに対する不幸には人一倍に敏感である。


4月1日、9時50分


「ていうか、天気悪すぎじゃないか?」


窓の外を見ればそこは曇天である。高校に進級して早々、スタートダッシュとしては最悪であるが、宰人が本当に気にしているのはそんなことではない――――


「ああああ!今日もダメか!俺の異能はいつになったら覚醒してくれるのか……」


宰人が現在最も危惧しているのは、ここ数年、同級生が次々と異能を覚醒しているにも関わらず自分はそんな予兆が全くないこと――とは正確には違く。

今日の午後に学校で行われる『確認試験』の勉強が手についておらず退学の危機に面していることである

なんでもそつなくこなす宰人でも、いわゆる『ノー勉』では『確認試験』に太刀打ちできない。


「こうやって湯船で体を刺激したら、脳がリラックス状態になって、チャクラがどうとかこうとかなって……異能が手に入る!って『週刊未来都市学園』のコラムに書いてあったんだけどなぁ」


先日読んだ『学園』が発行する雑誌を思い起こした。


思い切って湯船に顔を突っ込んでみる宰人。


「熱っ!火傷するわこんなの!」


宰人にとって『週刊未来都市学園』はバイブルに近い。そこには、未来都市学園が包括している『未来都市大学』の学生による人工知能やロボット、異能力などの最新研究が掲載されている。

未来都市大学――宰人がこのままうまく進級できれば一年後に入学できる大学だ。


ではなぜ、試験を合格するために異能力が必要なのか。


「『異能が覚醒している者は無条件で付属大学に進学できる』……か」


試験の掲示板に書かれていたあまりに理不尽な条件だ。


「国立法人の上層部も現金なものだなぁ。成績がどれだけ底辺だろうと、『異能者』というラベルさえ貼

れれば、立派な研究資材として扱う」


「異能もなければ学力もない俺は……ただの余剰在庫か。早々に廃棄処もとい退学にならないだけ、まだマシだと思えってことか」


そう言い、宰人は学園都市の『大人たち』へ不満を吐き捨てた。


「まぁ異能は単純にかっこいいから欲しいってのもあるんだけどな」


「……始業式まで残り三分。記録更新だな」


腕時計は9時57分を指している。


学校の直前に温泉に入る――というのは、宰人が中学の頃からの趣味みたいなものだ。

三分という数字は致命的に見えるが……2035年のこの学園都市においては存外不可能の範囲ではない。


「少し足早でいこうか」


宰人はまず温泉の入り口を全速力で駆け抜け、ドライヤーがある場所にたどり着いた。


「20秒でドライモードっと」


そう言いながら日焼けマシンによく似た装置の操作パネルに設定を入力し、学生証をスキャンした後、装置の中に堂々と足を踏み入れる。


「『超音波ドライヤー』――やっぱりこの速乾性は必需だね」


学園都市の最新設備に感心しながら、10秒もしないうちに満足げに出てきた。

そして、おもむろにスマホでアプリを開いてとある注文をする。


「この間使ったときは『混んでて』結局諦めたから、今回は頼むよ」


片手で拝む動作をしながら、脱衣所に移動した。


約一時間前に脱いだパジャマをどかして、数少ない余所行き用の服――白いYシャツにチャコールのスーツを取り出した。

服装が自由な学園といえども、始業式で正装がはびこる大講堂においてラフな格好で佇むのは、小心者の宰人には気まずい。

挿絵(By みてみん)

「ネクタイは……黒なのはちょっと違うよな?」


宰人は苦笑いを浮かべながら、服装の最終チェックをした。


「それじゃあ、行くか……って言っても、一階まで下りるのは時間がかかるしバルコニーの方から行くか」


この地上51階を有する学生寮の最上階には、温泉に加えて二つの施設が構えられている。屋内プールとバルコニーである。


バルコニーではこの学園都市が一望できる。ただし、宰人がしたいことは別にある。


「よっと~、やっぱ『黒靴』は動きにくいな」


そう文句を言いながらも宰人はこの黒靴のことを気に入っている。


春休みに週五日フルタイムという、もはや社会人といっていいような時間をアルバイトに費やし、その結果、スーツ一式と『とある物』を買ったのだ。


もっとも、後者に限っては宰人が買いたくて買ったわけではないのだが……


――バルコニーに到着。


わずかな風が髪を揺らすのを感じた。それと同時に聞きなじみのある機械音が聞こえた。


『未来都市学園学生寮に到着しました。喜多様、ご利用ありがとうございます。ご乗車の際は足元にお気を付けください』


「さすがにこの時間じゃ誰も利用しないよな」


と言いながら目の前にある『空飛ぶタクシー』と多くの人から呼称される学園都市の強力な移動手段を見据える。


「やべえ、あと一分だ!急ぎで頼む!」


『かしこまりました。高速走行モードに切り替えます』


9時59分


『空飛ぶタクシー』に飛び乗りながら、自動運転AIに指示を出す。


席に着き、シートベルトをしめ、それと同時に『空飛ぶタクシー』は急加速をしだす。


「おおおおお!これだよこれ!」


しかし、この楽しみは長くは続かない。学生寮から学校のビルまでは通常走行で1分、高速走行だと30秒で着くのだ。


9時59分27秒


『未来都市大学前に到着いたしました。宰人様、ご利用ありがとうございました。ご降車の際は足元にお気を付けください』


「また頼む!」


そうして、宰人が下りた後『空飛ぶタクシー』は次の利用者を探しに飛び立った。


宰人はいつの間にか晴れになっていることなど知るそぶりも見せずに。


「……走るか」


と、意を決した。


幸運なことに始業式が行われる大講堂は一階の入り口から一番近い場所にある。


9時59分48秒


颯爽とセキュリティゲートを走り抜け、大講堂の扉の前に着く。


「あれ?おかしいな。大扉が閉まってる」


扉の中からはマイクを通した初老の男性の声が淡々と響いていた。


「――って、もう始まってるじゃねーかー!」


始業式という公的行事が前倒しになることは考えにくい。


「さすがにあの理事長でもそんな漸進的なことをするとは思えねえな」


宰人は合理性の塊のような理事長を思い起こした。


「そうすると、考えられるのは……コイツだな」

宰人はジャケットの袖を上げてそこにある『腕時計』をいぶかしげに見た。


「……一番安いモデルを選んだのがよくなかったのか」


「それにしたって、学園様もアコギな商売をするなぁ。最新の量子技術が使われているスマートウォッチを買わないといけないとは」


(しかも、学校が指定した会社から選ばないといけないという――――利権だろこの野郎!)


「それより、これからどうするか……」


宰人は二つの考えで葛藤している――『始業式に今から飛び込む』か『始業式が終わるまでこそこそと隠れておくべき』か。


「――気まずいが行くしかなさそうだな」


宰人が始業式に飛び込むことをなくなく決心したのは真面目だからなどではない。


「出席証明スキャナーか……」


それは学園の生徒が授業や行事に参加しているのかを確かめるための装置である。


教室や会場の入り口付近に置かれたその装置に、学生証やスマートフォンの該当のアプリをスキャンすればその時間にその生徒が出席していたかが学園が把握できる


「今回サボったら、『内申スコア』がやばそうだな……」


『内申スコア』とは、普通の学校で使われているものとさしてかわらない。各科目が「定期テストの結果」、「授業態度」「提出物」「出席日数」などをもとに5段階評価されたものだ。

始業式の出席は『イベント』という科目の成績評価に使われる。

『イベント』は年ごとに評価がされる科目ではなく3年間を通して評価される科目である。

宰人は高校1年生の時から『イベント』に参加することを避けてきた。

それは宰人がクラスで浮いていて『イベント』でクラスメイトと関わるのが気まずかったからだ。


「異能さえあれば……」


宰人を除く全ての同級生は異能に覚醒している――つまり、大学進学が確定しているのだ。


(進学が確約されているのによく律義に参加してるよなぁ……)


「まぁ、まだスキャナーがここにあるってことは出席は締め切られていないってことだよね」


「……というかそうじゃないと困る!」


宰人は慎重に学生証をスキャンした。


『パスしました』


「よし!通った」


学生証をポケットに戻し、今度は大扉に向かう……とその時。


「――あのーすみません」


「うああああ!びっくりした!」


唐突に話しかけられて振り返る宰人。そこには――

挿絵(By みてみん)

「あ、かわいい……」


「えっ?」


「あー、いや、今のは忘れて!ふはは……」


(うわあああ!やばい!なんかナンパ師みたいなこと言ってる!)


初対面の他人に「かわいい」と第一声を発するのがナンパ師だというのなら、ナンパ師への営業妨害にあたるだろう。しかし、真後ろに今まで見たことがない程の美少女が不意打ちで立っていたのだから、咄嗟の失言も大目に見てほしい。


(――早く話そらさないと)


「ところで……何か俺に聞きたいことがあったりしたか?」


先ほどの失言をなかったことにするべく話をもとに戻す宰人。


「あっ、そうでした。まずは自己紹介からすべきですね」


(律儀だな......)


新鮮な雰囲気を感じる。


「未来都市大学二回生で今年から編入します――朝永才佳トモナガ サイカです」


(年上かよ!同級生だと思ってタメ口聞いちまった……)


(それにしてもトモナガ サイカか……どこかで聞いたことあるな)


「あのー、あなたもこの学園の生徒ですか?」


「そ、そうです。未来都市高校三年生の喜多宰人です。」


「えっ?」


(ん?俺なんか変なこと言ったか?)


「では――」


(ちょっと待って!要件はどこに行ったんだ)


(やっぱりさっきの失言がまずかったか……?)


「あっ……」


宰人は才佳が速足にセキュリティゲートに向かっているのを見ながら原因を考えた。


(美女との接点……ここで途切れさせるのももったいないと思うが……)


しかし、ここ数年女子との関りが『例外』を除いてほとんどない宰人にとって去っていく美少女に再度声

をかけることは苦難だ。


(まぁいっか。それより始業式に戻らなきゃ)


そう諦め、『大扉』に振り返ったとき


『ピン』


後ろの方から何かを受信したような音が聞こえた。

宰人は気になって振り返ってみると……


「痛っ……」


才佳が自らの両ひざに手を押しあて苦悶の表情を浮かべていた。


「大丈夫ですか!?」


宰人はすぐに才佳に駆け寄り、足をかがめ目線を合わせ、才佳の表情を確認した。


(――混乱している?)


特段医療に詳しくない宰人にも才佳が『何か』に怯えている様子が分かった。


(――ん?腕に何か光ってる)


そうして才佳の左手首を見てみると。


(俺と同じスマートウォッチだ……)


(何か画面に映ってるぞ――『1』?どういう意味だ?)


そこには黄色い『1』という数字が大々的に表示されていた。加えて数字の下には心電図のような『パルス』が脈打っていた。


「急いでますから」


「えっ?」


宰人は才佳が何事もなかったように立ち上がり再度セキュリティゲートに速足で向かった

それを見ながら


(何だったんだ今のは?)


宰人は途方に暮れた。






「――よし、入るか」


そんなわけで宰人は『大扉』のノブに手をかけて始業式に社長出勤しようとしている。


(……大扉ってこんなに重かったっけ?)


宰人は大扉を開いたことがなかったためか、少し手こずっている。


(もっと、こう、強く押せば!)


ズゥーっと大扉が開いた。

その時......


「誰だァ!」






そこには、式の進行をしている校長とそれを静かに聞いている数千人の生徒がいた。

ただし、全員の視線は唯一の入り口である『大扉』に向けられていた。


「誰だァ!」

挿絵(By みてみん)

「をおおお!なんだ!?」


「お前、今ここで何をしている?」


大講堂の外周には学園の教師陣が監視員のように立っていた。

その50を優に超える円の一部――入り口の目の前にその男は腕を組みながら眉間にしわを寄せ立っていた。

身長は190を越している、肩幅が広くアスリートを彷彿させる人物である。


(くそっ、磐田か……)


この宰人のすぐ目の前で叫んでいる大男はもちろん理事長ではない。未来都市高校の体育を担当している教員――――磐田直気(イワタ ナオキ)だ。


(公私ともに良いうわさは聞かない。数々の生徒を退学へ追いやっている)


(俺の担当教員じゃなくて本当に良かったと常々思っている)


(だが、一番めんどくさいのにつかまってしまったな……)


大講堂の空気が、一段階重くなる。

大扉の前に立つ大男は、腕を組んだまま一歩も引かない。

数千人分の視線を、まるで自分への喝采のように受け止めている。


「こんな時間まで何をしていた?説明をしてもらおうか」


大講堂の時計は10時20分を指していた。


「……」


(詰められることなんて想定できなかったから言い訳の準備も何もないぞ……)


沈黙が流れている中、磐田は自信ありげな顔で、宰人をあざ笑っている。

始業式に参加している生徒たちも沈黙に居心地が悪いのか席が近い友人たちとヒソヒソと話し出していく。

宰人はというと、高校3年生がいる中央前列に視線を送っている。


(知らないふりか…… ってか、笑っている奴らもいるぞ)


宰人の人望のなさに落ち込む。


「どこ向いてんだ!」


ダンッ!


そう言い、左の壁を蹴った。


「なんで落ちこぼれのお前が遅刻して鼻高々とここに入ってきてるんだよ」


(なんでコイツ、俺のこと知ってんだよ!)


「鼻高々なんかじゃ……」


「うるせえぇぇ!口答えすんなァ!」


そう言いながら磐田は宰人の胸ぐらをつかみ上げる。


生徒たちの口が塞がる……


「そこまでにしたまえ」


大講堂の空気は依然重い。 その声の主は壇上に立っていた。

この学園の絶対的な権力者――理事長だった。

挿絵(By みてみん)

その一言で、磐田の動きがピタリと止まる。


「理事長……。だが、この落ちこぼれが式典を汚したんだぜ。相応の罰を――」


「今は、君の時間じゃない」


磐田が胸元から手を離した。


「徹底的な教育が……」


「今は君の時間じゃない」


全生徒の視線はもはや俺に向けられていない。

壇上、上手側に用意された重厚な革張りの椅子。そこは校長ですら座ることを許されない、この学園の真の支配者のための席だ。

そこには若干27歳でこの学園の最高権力を手に入れた銀髪の男――理事長が立っていた。


「黙って見ていれば、この醜態。学園にも広がっている悪い噂は本当のようだな」


「これじゃあ、高等部の例のプログラムの担当も見送りにしないといけないな」


「てめぇぇ!黙って聞いてたら好き勝手……」


「公私混同はやめなさい」


――そう言い腰を下ろした。


(ん?)


何かに違和感を感じた宰人だが、磐田の意外な一言で意識が戻る。


「ちっ、続けろ校長」


磐田はあっさりと引き下がった。


(あの狂犬が、あんなに簡単に引き下がるのか? コイツも権力には勝てないってことか……?)


宰人は勝手に納得して恐る恐る磐田の顔を伺った。

だが、そこには扉を開けた時よりも、いっそうドス黒く、険しい殺意が張り付いていた。






大講堂の巨大な円の中心付近――未来都市高校3年生が配置されている区画。

そこにいるほとんどの者が先ほどの磐田と 理事長のやりとりに飲まれ押し黙っている ――校長も飲まれているようだ。


(校長ぉぉぉ!頼むから式を続けて意識をそっちに向けてくれぇぇぇ)


慎重に足を進める宰人。

改めて先ほどの『事件』を思い起こす。


(まずいな……厄介な奴に目をつけられたぞ)


宰人は学園の大人たちを信用していない。

――いや、ある意味信用しているのかもしれない。 彼らの異常なまでの学園への従順さと規律に準ずる姿勢に……

磐田はその中でも例外的なポジションをとっているが宰人にとって不都合なのは変わりない。


(それにしたって、ここまで注目されるのは予想できなかった……)


宰人を注目していない者の方が少ない中、クラスメイトをはじめとする同級生も例にもれない。

遠目に同級生たちを見る。


(まだ笑ってるやつらがいるぞ)


(泣いてるやつもいる……?)


多種多様な反応を目にした宰人だが、ふと一組の小さな会話が耳に届いた。


「あいつ、出席証明スキャンだけして帰ればよかったのにな」

「ほんとだ、ガチの『無能』先輩ってことか」


そう言いながら笑い合う2人の生徒


(そんな手があったのかぁぁぁ!)


普段から『イベント』をサボり続けてきた宰人には一般生徒が乱用している『ズル』に気が付かなかったのだ。


(次から絶対ぇ使ってやるぞ!)


意気込む宰人。


(……っと、ここだ)


最前列から1つ後ろの列、通路側の椅子に素早く腰を下ろす。

宰人は遅れてきた学生用の席にあてがわれた。


(ふぅー、やっと解放されたぞ)


後ろから浴びせられている視線はひとまず無視し、宰人は校長に目配せをした。


(早く進めてくれ)


校長は慌ててマイクに近づき、たどたどしく司会を進行し始めた。


「えー、どこまでやったんだか……次は、、、『新入生紹介』である」


「えー、時間が押しているので、大学の特待生の代表者のみ紹介する」


宰人の前の列――最前列の恐らく新入生代表であろう生徒たちが肩を落としている。


「というわけで……上がってきてくれ朝永才佳くん」


(んっ?……朝永才佳だと!?)


宰人は先ほど『大扉』の前で出会った銀髪の少女を思い出した。


(そういえば、思い出したぞ!)


(高校の時点で卓越した科学の能力を持っていたことから、4年飛び級して大学で学んでいたというあの朝永才佳か!?)


宰人はいつかの動画サイトで見た『リケジョ特集』なるものを思い出した。


(たしか、アメリカの学校に通っていたらしいが……)


そうこう考えているうちに、どうやら問題が起きていることに気づいた。


「なに?朝永くんが式に来ていないと?」


校長は、始業式の運営を行っている教師とマイクから離れて話している。


(そういえば、あの時別れてからどっか行っちまった気がするな……俺のせいじゃないよね!?)


宰人はこの事態が自分が原因で起こっているのかもしれないと動揺している。

すると――


「さわがしいぞ、お前」


宰人は誰かが注意されているのが聞こえ、声の発せられた横の席の方を見ると


「お前だ」


こちらの方向を見ながら指名されたことと、通路側の向こう岸に話しかける声のトーンでないことを考慮し、宰人は『俺?』とジェスチャーすると


「そうだお前だ」


どうやら『隣人』が声をかけているのは宰人のようだった。


「あ、どうも」


(コイツは確か……学年主席の香川響カガワ ヒビキだったか?)


宰人は、入学してから2年間、定期試験のたびに学年140名の中で1位の座を譲っていない少女のことを思い出した。


(そんなヤツが俺になんかようか?)


「どうもじゃない、その騒がしい足を静かにしてくれ」


そう言われ、宰人は自分の脚を見た。


(貧乏ゆすりのことか?そんなにうるさかったか?)


「あー、すまんすまん。気を付ける」


そう言いながら、宰人は椅子に深々座り直した。


横目に響を見ると、すでに前を向いており再度話しかけられるのも気まずかったので宰人も前を向いた。


(学年主席と話すなんてこれが初めてだぞ……第一印象は最悪だったが……)


そう言いながら宰人は壇上を見上げる。

校長の顔を見るに、どうやら朝永才佳不在問題はひとまずは落ち着いたようだ。

改めて、式が再開する――


「えー、さて、最後に……今年から新たな試みとして、 全生徒にスマートウォッチ端末を配ることになった。遅い者でも昨日までには寮に届いただろう」

「今まで使っていたタブレット端末とは別に、 より携帯性を重視したこの端末により、 生徒間や生徒教師間で迅速なやり取りが可能となる」


ざわざわと生徒たちが手首についているスマートウォッチの画面をつけ始める。宰人もそのうちの一人であり、スマートウォッチを見ながら悪態をついていた。


(……ちっ。タブレットの代わりに、なんでこんな最新の量子演算チップ搭載モデルを買わされなきゃいけないんだよ)


(……バイト二ヶ月分の給料、全部この黒色の円盤に吸い込まれやがった……)


「えー、というわけで、授業でも使うものということもあり、大切に使用するように」

「えー、では、今年度の始業式はここまでとする」

「未来都市学園生としての誇りをもって、くれぐれも学園や学園都市の印象を悪くするような問題を起こさないように」

「それでは、以上である」


宰人にとって短いようで長かった始業式が終わった。


(ふぅー、やっと終わった……)


宰人は立ち上がり伸びをした。そして、教師に従い大講堂から出ていく生徒たちの流れをボーっと見ていた。

すると――


「おい喜多」


――と見知った顔の大人が近づいてきた。

挿絵(By みてみん)

(藤枝か……遅刻の件だろうな……)


と、これからされるであろう説教を予想し面倒くさがる宰人。

藤枝は、宰人の高校の担任であり、本名は藤枝咲フジエダ サキである。

宰人は1年の頃からその素行の悪さから、よく藤枝に注意をされていた。

説教が長いことで有名であるが、表情が常にないので何を考えているのかわからない点を宰人は苦手に思っている。


(また始末書と反省文書かなきゃいけないのか……)


「今日の学内メールは見たか?」


「はい?学内メールなら見ていませんが――」


「なら2時限目が始まる前までに読め」


「……はい、わかりました――それで?」


「『それで?』も何もこれでおしまいだぞ。遅刻してきたから寝坊してみていない可能性があるから確認したまでだ」


と言い、藤枝は『大扉』の方に去っていった。


(え?いつもの長い説教は?)


宰人は恒例の説教がないことに驚きつつ、先ほどまで座っていた席に着き、久々に学内メールを確認した。


(――っと、結構来てるな)


進級して1日目のメールアプリの未読ボックスには、宰人に関係ないことから重要なことまで含めおよそ10通程度のメールで埋まっていた。


(『火星開発で金鉱脈を発見――金の価格が大暴落』……これは関係なくて)

スワイプする。


(『学園都市内の異能犯罪の増加に注意』……この都市も危険になったな……ってこれじゃないよな)

また、スワイプする。


(もっと学園に関係ありそうなやつだと思うが……)


(っと、これか――『高等部3年生における新たなプログラムの発足』)


(『新たなプログラム』か。なんだろう?)


そう言い、メールの本文を開いた。


(『未来都市大学の研究所配属プログラム』?)


(なになに……。まず、このまま進学すれば、多くは付属の未来都市大学に所属することになる。その際、第一学年時に研究室に配属される仕組みだが……来年から制度が変わる?)


(人気のある『先進異能研究室』。その定員10名すべてを、付属高校の生徒が独占できる『特別枠』を設ける、か。目的は異能研究の質向上。当事者が研究に関わることで相乗効果を狙う……。)


(ただし、その枠を得られるのは、選抜プログラムに参加する40名のうち、成績上位1グループ原則10名のみ――)


(『3年生140名の中から40名を選抜する』か……)


(なるほど……って!俺には関係ないじゃねえか!)


(『異能力当事者が研究に関わることで相乗効果を狙う』ってことは、『異能力者』でない俺はそもそも選抜40名に選ばれるわけないよな)


鼻から期待などしていない宰人は、メールアプリを閉じて動画共有アプリ『Yours』に切り替えた。


(お!『新聞部』がまた新しいニュースを出してるぞ)


そう言い、おすすめに表示された動画を開く。


そしてスマホを横にする。


(もうスマホの充電3%じゃねえか……昨日充電しとけばよかったな)


(まぁいいや、イヤホンを着けてっと……)


『新聞部』とは未来都市大学の公認サークルであり、主に学園内の最新情報をまとめて『週刊未来都市学園』として全国に発行している。

異能の解説なども行っており、そこに惹かれて宰人は『新聞部』の動画を毎週欠かさず見ている。

今日のニュースは不定期のものであり宰人にも内容は予測がつかない。


「皆さんこんにちはぁ~。未来都市大学新聞部の大崎ですぅ」

挿絵(By みてみん)

キャスターは、ライトブラウンの長髪を有するおっとりとした女性である。

何も書かれていなホワイトボードの端で指示棒を持って立っている。


(今回も大崎さんが司会か)


と、宰人が中学生のころから変わっていない敬語検定5級(推定)のキャスターを眺める。


「今日は~、何か事件があったとか良い実験報告をするとかではありませんよぉ」


(ん?どうしたんだ)


宰人が疑問に思っていると。


「じゃじゃーん」


そう言いながら大崎はホワイトボードの本体を回転させた。

――すると


「今回の動画の目的は~、『新入部員の募集』でーすぅ」


現れたホワイトボードには、『部員募集』と大見出しで書かれていた。

宰人は今日が各一年生にとって学園生活の最初の日であることを思い出した。


「ということでぇ、さっそく入部条件を解説しますぅ」


「まず第一!」


急に熱血教師みたいな顔をし始める大崎。


(相変わらず感情の起伏が激しいなこの人は……)


「科学を探求する意思がある者!」


「出会い目的ダメ絶対!」


指示棒をホワイトボードにたたきつける大崎。


「不純な目的で入部したとわかったらぁ、新聞部の権力を使ってぇ、退学させますぅ~」


(怖ぇぇよ……)


『退学』という単語にビビりつつ続きを見る。


「第二に!」


『新聞部入部試験』に合格すること!


「皆さんにはぁ、とあるテストを受けてもらいま~すぅ」


「ですがぁ~、テスト内容は試験日まで内緒ですぅ」


左の人差し指を口に当てる大崎。


(新聞部に入部試験なんてなかったような気がするだが)


「入部試験は~、今年から実施されるんですよぉ」


「新しく部長になった三年生の女の子が考えたんですよぉ~」


(確か、新聞部の部長って卒業生から四年生への交代じゃなかったか?)


「1ついい知らせもあるんですぅ」


宰人の疑問は大崎に遮られた。


「なんと!今年から!付属の高校生も新聞部に入れるようになりました!」


クラッカーが舞う演出がされた。


「をおおおお!まじか!?俺でも新聞部に入れるのか……!」


ここが大講堂だということも忘れて立ち上がり叫ぶ宰人。


(あ、ヤベぇ)


そう思い周りを見渡すと。


(あれ?誰もいない?)


宰人が動画に集中しているうちに、全生徒は大講堂から出ていた。


(てか……ヤバい!HRまであと2分だ!)


ポケットにスマホをしまいエントランスホールのエレベーターに急ぐ宰人。






10時29分

――未来都市学園Bビル12階、エレベーター前


「危ねえ……間に合った」


「去年よりも1個上の階なのが新鮮だな。」


未来都市学園Bビルは主に学園の中学生と高校生が利用する場所である。

地上28階であり、学校生活を送るうえで必要な施設は全てそろっている。

1階は全学園生が使う『大講堂』があり、主に中高生が授業を受けるクラスルームがあるのが9階から12階である。


「それにしたって内装も景色もほとんど変わってないな……」


そう言いながら教室に向かって歩き出す宰人。


「Dクラスは確かこっちだよな――」


未来都市高校はAクラスからDクラスの4クラスで1学年となっている。

ビル内での教室はエレベーターホールを除くと四隅に配置されている。

エレベータホールから見て左奥に『3-D』は存在している。


「よし、入るか」


先ほどの大講堂の件もあって悪目立ち不可避な宰人。

ドアノブをゆっくりひねり、教室に入る。


「……」


「あはは……おはよう……」


(ふぅー……)


(この空間地獄すぎるぅぅぅ!)


案の定、大注目の的である。多くのクラスメイトは宰人を奇怪な目で見ている。

うつむきながら、窓側の一番後ろの席にあてがわれた自分の席に移動する。

他のクラスメイト達の席を尻目に見る。


(席は……去年と変わってなさそうだな)


(だんだん視線はすくなくなってきたな)


(ちょっとそこの女子たち、コソコソしない!)


そう突っ込んでいると――


「喜多くん、ちょっといいかな?」


後ろからいつの間にかついてきていたのは――


「あぁ、大河内か。どうかしたか?」

挿絵(By みてみん)

この女子生徒は宰人のクラスメイトであり、未来都市高校の『生徒会長』を務めている大河内史乃オオコウチ フミノだ。

クラスで孤立している宰人を気にかけている数少ない友人――みたいな存在である。


「磐田先生との揉め事大丈夫だったかな?」


「ああ、心配しないでいい。あいつももう忘れてるだろ……」


宰人は希望的観測を口にした。


「それならよかった」


「――ところでさこれ見た?」


挨拶も早々に、史乃はスマホの画面をグイグイと見せてきた。


(ん?なんだこの……『名簿』みたいな表は)


――そこには『Aチーム』『Bチーム』『Cチーム』『Dチーム』と書かれた表が並んでおり、それぞれに10名の生徒の名前が書かれていた。


「『Dチーム』に俺と大河内が入ってるけど……『イベント』でまた何かやるのか?」


「それなら俺は今回もパ……」


「宰人くんの『内申スコア』だとパスするのは賢いやり方じゃないと思うんだけどなぁ…………」

「ってそんなことは今大事じゃない!」


(『内申スコア』忘れてた!でも『イベント』じゃないなら何のチーム分けなんだ?)


「これはね!『研究所配属プログラム』に参加予定の40人だよ!」


(『研究所配属プログラム』って、さっき大講堂で見たメールに書かれていた……)


「って!えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


無事周りからの痛々しい視線が増した。


「なんで俺が……?」


「私もびっくりだよ。選抜される生徒は『異能に秀でている上位40名』だったと思うんだけど、私の『異能』ってそこまで凄いはずがないんだけど……」


「大河内はまだ『異能』を持っているだけましだろ。俺なんて学年唯一の『無能力者』だぜ」


「あんまり卑下しちゃいけないよ宰人くん!」


「そんなんじゃねえから大丈夫だ。でも、現実問題なんで俺が選抜されてるんだろう」


「よかった……」


「それより、他の参加予定者はどうなんだ?」


「他に選抜された生徒を見ても、いまいち選出理由が判然としないんだよね」


「なんて言ったって、本来『異能』を研究目的以外で使うことは禁じられているからね。」


「私も知っている生徒自体は多いけれど……。その子がどんな『異能』を隠し持っているかまでは、ほとんど知らないな」


「大河内でもわからないか……まぁそうだよなぁ、学内で異能を使ってる奴なんてまともじゃねえもんな」


「ところでさ、宰人くんは参加する?」


「どうしようかなー、『先進異能研究室』かぁ……確かその研究室に所属した生徒には国から特別措置を受けられるんだったよな」


「『異能を自由に使える権利』だよ」


先進異能研究室――通称『山川研』。

『異能』に関する数々の研究で成果を出している学園都市で一番重要な機関。異能者育成の施設としての顔も併せ持つ。

山川研の在学生及び卒業生は、公序良俗に反しない範囲で『異能』の日常的使用が許可されている。


「でも俺には関係なさそうだな。人気研究所じゃなくても未来都市大学様を卒業できれば就職には困んないから、俺はこのまま留年しないようにやっていくよ」


「じゃあ私も……」


――それを遮るように


「席に着けお前ら」


「もうHRの時間か」


「よかった――」


そう言いながら、史乃は一番前の席へ急いで下って行った。


(なんか言いかけてなかったか?)


そう思いながら壇上に到着した藤枝を見た。


「それでは、HRを始める」


「欠席者は……また、一三か……」


「体調が悪い者、用事があって早退する者はHR後に報告するように」


定型文を読み上げたような調子で進んでいく。


「『研究ポイント』の開始は1週間後であるから、希望の者は承認手続きをしておくように」


(ん?『研究ポイント』ってなんだ?)


「この授業の後の2時限目のことだが――」


(そうそう、『大講堂』でも言ってたが何やるんだ?)


「『研究所配属プログラム』についての説明会があることから、参加予定者は11時までに13階の『大会議室1』に集合すること。その他は教室で自習だ」


(うわぁ……めんどくせえ――俺プログラムに参加する予定ないし、自習でも堪能することにするか――)


午後の試験のことなど忘れたのか宰人は自習中にスマホで動画でも見ようなどと画策する。


「なお、喜多」


クラスメイトの視線が宰人に集まる。


(今日何回目だよ!それよりなんだ……?)


「お前は説明会に強制参加だ」


「なんでですか!……俺プログラムは辞退するつもりですよ」


宰人はとっさに立ち上がったが、気まずくなって再度座った。


すると藤枝は凛前と言った。


「理由は会議が終わった後知らせるらしい」


(強制参加に加えて居残り確定してるじゃねえかぁぁぁ)


宰人は辟易としているが――


「わかりました……」


――あえて断る理由を探すのも面倒くさかったので諦めた。


「喜多の他に青木、一三、大河内、大森、葛飾、篠崎、比叡、大和、渉の9名もなるべく参加するように……もっとも、一三は今日欠席だが……」


「HRは以上だ」


藤枝は教室から出て行った。


(ついに、スマホの充電消えちまったな……今何時だ?)


宰人は教室前方の時計を見た。


(10時50分か。まだ時間がありそうだし――大河内も他のクラスメイトとしゃべってそうだし……寝るか)


そう言いながらイヤホンを着けながら机にうつ伏せ状態になった宰人だが、もちろん徹夜もしていない午前に眠いわけではない。


(おお!やっぱりこのイヤホンの『外音取り込みモード』優秀だな!)


宰人が現在行っているのは寝ながら音楽を聴くことではない。


(名付けて『寝てるふりして情報収集大作戦!』こうすることによってクラスメイト達の噂話や雑談が集中して聴けるんだ。それによって色々と情報不足な今日の俺が最新の状態にアップデートされるってわけさ)


(決して教室で1人でいるのが気まずいから寝たふりをしているわけじゃないぞ!)


宰人は勝手に言い訳をしながら、その作戦とやらを実行した。


――約10秒後


「――さっきの喜多の反応見た?」


「見た見た!『なんでですか!……俺プログラムは辞退するつもりですよ』だったっけ?


「そうそう!あいつマジで調子乗ってるよね」


「まじそれ。選抜で選ばれるだけでどれだけ幸運なのか理解してないよね……『無能』だからか」


宰人をあざ笑う女子生徒たち。


(待て待て俺!こんな陰口を聞くために『寝てるふりして情報収集大作戦!』を実行したわけじゃないぞ!)


作戦の思わぬ欠点に気づいた宰人。


(他のやつだ他のやつ――)


――数秒後


今度は男子生徒2人組の会話を盗み聞く。


「――『研究ポイント』とかいう神制度やっぱすげえよな」


(そうそう、『研究ポイント』っていったい何なんだ?『研究所配属プログラム』とはまた別の制度か?)


「毎月50万ポイントが入ってきて好きなことに使えるんだろ?」


(50万ポイント!?)


「おいおい、お前話聞いてたか?使用の原則は、学業および異能研究と大学の学費に限られるって言ってただろ」


「でもたしか、それ以外の用途で使うことも禁止自体はされてないらしいぞ」


(何その神制度!学園よ、見直したぞ!)


「ほんとかよ」


「確かに送られてきたメールの注意事項に小さく書いてあった」


(メールなんて届いてたのか……気付かなかった)


「お前ほんとそういうとこだけは天才だよな。抜け道だけは嗅ぎ当てるんだから」


(――よし、良いことを聞いた後でメール確認しよっ……)


と、顔を上げようとしたとき


「ちょっと会長!なんで私たちのチームに『あの無能』がいるの?」


歯に衣着せぬ物言いの女子が騒いでいるのが聞こえた。


(あの無能ー?俺のことじゃないだろうね?)


笑顔が顔に張り付く宰人。


「私たち『負け確』じゃん」


先ほどのクラスメイトに同調するように援護する女子。


「だめだよ、そんなこと言ったら宰人くんが可哀そうだよ」


(大河内の声か?)


「あー、もう萎えたわ。せっかく『山川研』に入れるチャンスだったのに……はぁ~」


(プログラムのチームメイト予定のやつらっぽいな)


「佐知もなんか言ってよ」


「私は何も問題ない」


機械のように答える女子。


「「「……」」」


「それのことなんだけどね……私もプログラムに参加しないかもしれないの」


「私の『異能』はあんまり強くないから、みんなの足を引っ張ってしまうかもしれないし……」

そうたどたどしく言う史乃。


「『異能検査官』に選ばれているのは実力がないからか?」


機械少女からツッコミが入った。


「……そうだよ!会長スゲー人じゃん!」


(『異能検査官』ってあの『異能力者』の能力を特定してデータベースに登録する学園都市の職員だよな!?大河内そんなことやってたのか……)


史乃の意外な副業を知って驚く宰人。


「そんなことないよ……」


史乃は気まずそうに言う。


「時間」


機械少女が2文字をつぶやいた。


「ほんとだ――じゃあ会長、あいつに参加しないように説得しておいてね」


(鼻から参加するつもりなんてねえよ!)


そう悪態をつきながら、起き上がるタイミングを探る。


(あいつらと同じタイミングでエレベーターに乗るのは流石に気まず過ぎるぞ……)


(よし出て行った!)


宰人は立ち上がり教室の外――エレベーターホールにゆっくりと歩を進めた。






「もうあらかた来てるな」


高校の一学年――約140名が収容可能な『大会議室1』。その広大な空間は今、見えない境界線によって真っ二つに分断されていた。


片や――


(最前列に無言で背筋を伸ばし座る優等生)


片や――


(最後列に大声で話しながらどっしり座る不良学生――と、その他の学生)


(って、あいつら始業式で俺のこと笑ってた奴じゃねえかまだこっち向いてニヤニヤしてるぞ)


ますますプログラムに参加する気がなくなる宰人。


(真ん中の端らへんに座るか)


本日何度目になるかわからない視線を後ろから感じつつ、教室中腹の端の席に向かう。


(ちょうどここら辺がテレビが見えやすいかな、っと)


宰人は席に着いてスマホをポケットから取り出した。


(よし、2分前だ)


すると――


後ろがざわざわしているので振り返ってみると


「えっ」


思わず声が出てしまった――のは宰人だけではない。


そこに入ってきたのは


理事長だった。


(おいおい、始業式でこそ対面(?)したけど理事長が直接俺たちに話をする機会なんて初めてだぞ)


不良生徒と思われる生徒も背筋が伸びている。


(一人悠々と本を読んでいる奴もいるが……)


会議室の前方に直実に歩を進めている理事長中盤に差し掛かったその時

宰人の隣で止まった理事長。


(なんだ!?)


「喜多宰人」


「は、はい!」


とっさに出た返事、立ち上がる宰人。


「説明会が終わった後、居残ってもらう」


返答など待っていないとばかりにマイクデスクへと向かった。


(それ……だけか?)


宰人は立ち尽くした。

2時間目の開始のチャイムが鳴った。


「それでは『研究所配属プログラム』についての説明会を始める」


(藤枝でもこんなぴったり始めないぞ……)


「まず君たちに一つ質問がある」


「学内アプリに届いているはずだから確認するように」


(皆一様にスマホを触りだす)


(やべえ、俺のスマホ充電ないんだ)


困って前方の席の生徒たちを見る宰人。


(おお、スマートウォッチ使ってる!それなら俺でもできるぞ!)


宰人はスマートウォッチで学内アプリを開いて、何とかアンケート機能を見つけた。


(おっけい、なになに……『'研究所配属プログラム'の詳細が書かれたメールとその添付ファイルを熟読したか』)


質問文の下には『熟読した』と『熟読していない』の2つの選択肢が

――なかった。


(おいおい、このスマートウォッチ選択肢が見切れてるぞ……)


『熟読した』の選択肢が画面から外れていて押せなかった。


(スマートウォッチ君どんだけポンコツなんだか……やっぱり、一番安いやつ買ったの間違えたか……)


(まぁ結局、熟読していないんだから答えには困らないか)


添付ファイルや詳細までは把握していない宰人は『熟読していない』を選び、送信した。


――数十秒後


「集計が取れた。この場にいる38人全員が『熟読した』を選んだことから――」


「今日の説明会はこれで終わりだ」


一拍の沈黙。

次の瞬間、椅子が引かれる音があちこちで鳴った。金属脚が床を擦る乾いた音。

ざわめきが波のように広がる。


「まじかよ」

「ここに来た意味があったのでしょうか?」

「帰ろうぜ」


断片的な声が飛び交う。


(……は?)


(俺は『熟読していない』を押したはずだ)


人の流れが通路にできる。


(おかしい)


出口へ向かう流れは止まらない。

史乃が心配そうな顔でこちらを見てきたが宰人は気づいていない。


(まさか、理事長が何かを試しているのか?例えば、この説明会自体最初から意味なんてなくて、しっかりメールを読んでいる生徒を選別して評価したり……)


宰人がそう考えていると


「喜多宰人」


マイクから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「ほ?はい?」


「伝えることがある」


気づけば、残っているのは自分だけだった。壇上の理事長と、空席の海。

慎重にマイクデスクに歩み寄る宰人。


「すみませんでした!」


「なんだ急に?」


「いや、まさかあのアンケートにこんな意味が隠されているんなんて思ってもいなくて、正直に答えてしまいました次からしっかりとメール読みます」


反省を口にした宰人だが――


「アンケートに真の目的など隠されてなどいない説明会が必要か問うたまでだ」


きっぱりと答える理事長。


「え?じゃあなんで『熟読していない』を押したのに間違って送信されたんだろう……」


考え込む宰人。


「それは本当か?喜多よ」


一瞬目を見開いた理事長。


メガネを正す。


「はい、本当です。確かに『熟読していない』方を押したと思います」


「なるほど……こちらで対処する」


「は、はい」


(学園側のシステムトラブルか?)


「要件はそれではない。『研究所配属プログラム』のことだ」


話題が振出しに戻った。


「ああ、それなら……僕は参加しません。僕以外のもっと優秀な異能を持った生徒が参加した方が学園のためでもあると思います」


(とか、言っとくか……)


「まず現状を把握することが先決そうだな」


「今から1年をどう過ごそうがあがこうが『イベント』の成績評価が卒業判定を満たさない。つまり、このままだと退学になるということだ」


「えぇぇぇぇ!本当ですか?」


「本当だ。今日の『始業式の遅刻』が決定的だな」


血の気が引く。


(終わった……)


「今日呼び出された理由は退学の通告するためだったんですか?」


宰人は半ばあきらめたように質問した。


「そんなことをするためにわざわざ出向かん」


「じゃ、じゃあ他に何かあるんですか?」


期待を込めて疑問を投げかけた。


「お前が退学を回避する方法が一つ存在する」


宰人は目を見開き、次の言葉を待った。


「研究所配属プログラムで――『優勝』することだ」


「……は?」

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