最終話「タンダの名」
ガジン=タンダは、久しぶりに来た首都の城内を、戦場に向かうような顔つきで歩いていた。その足取りはあまりにも力強く、今にも鎧の音が聞こえてきそうだった。
以前、彼がここに来た時は父と一緒だった。あの時は、力強いその背中を追いかけるだけで良かった。
あの時は感じなかったその重みを、彼は今、自らの背中に感じ取っていた。
「止まれ。この先は神子様の部屋だ。何用か」
「……面会だ。あのタンダの」
ここまでガジンを案内してきた兵士が言うと、警護たちは「ああ」と少し口元を歪めながら頷いた。首都の者たちからすれば、モンスターウェーブで甚大な被害、などという恥を世界に晒した存在がブレン。その頭領のタンダは嘲りの象徴だった。
「神子様の寛大な御心に感謝することだな」
吐き出すような警護の言葉に、ガジンは反応しない。彼にはそんな無駄なことに労力を費やす気はない。小者の話にいちいち腹立てていては進めない。
部屋に通される。
ガジンは豪華な部屋には一切目もくれず、一段高い場所に座るその人影を見た。
彼が思っていたよりも小柄だった。片手で瞬時に握りつぶせそうなほど弱く見えた。
だが、黒い前髪から見える金の瞳に、さしものガジンも息を呑んだ。
ライガイアが崇拝する神に等しい存在、竜人族と同じ色。
そんな彼らと同じ色の瞳が目の前にある。それはライガイアに住む者たちにとっては、表現しがたいほどの感覚を呼び起こさせる。
身が震え、今すぐに角を床に擦り付けたい感覚にガジンは陥りかけた。
タンダの……ブレンの魂を背負っていなければ、今頃彼はこうして立った状態ではいられなかっただろう。
「……お、初にお目にかかります、神子様。我が名はガジン=タンダ。タンダの名を継ぎ、ブレンの頭領をしております」
「っ、う、うん」
神子はびくりと大げさに肩を震わせ、返事をした。しかし金の瞳はガジンに固定されず、部屋のあちこちを彷徨う。
ガジンは沈黙した。神子が何かを言いたそうにしていた。彼は何度も「あの」や「その」と話そうとしては口を閉じるを繰り返していた。
そんな様子に、ガジンはふと気づいた。
(そう言えば神子は、弟よりも年下だったか)
年の離れた弟の、さらに年下の子どもという事実に気づき、ガジンはふっと体から力を抜いた。頭の中では、弟からよく怒られたことを思い出していた。
『蒼角族が何だっていうんだよ! 俺は俺……タンダの一員だ!』
そう。眼の前の鬼人族もまた、青く気高い肌と、猛々しく美しい三本の角に、どこまでも神聖な輝きの金の瞳を持っていても、一人の鬼人族であることに変わりはなかった。
そうしてガジンが気持ちを緩めたからか。神子もほっと息を吐き出し、口を開いた。
「僕は――リュウガ、だ」
震える声で神子……リュウガは名乗った。
家名は名乗らなかったが、当然だ。唯一無二の存在なのだ。家名など不要。
ガジンは……唖然とした。まさか神子に名乗られるとは思わなかったのだ。ライガイアの者にとって、限りなく神に近しい存在の神子が名乗る。それは対等な立場での話し合いを求めているということだ。
「僕は、最近ようやく知った。10年前に何が起きて、そして……今もお前たちが苦しんでることを、とある人達から聞いた」
(人達? 一体誰がそんな事を神子に言ったんだ? いや、それよりも今、眼の前で何が起きている? 神子が――名乗った?)
ガジンはまだ混乱の中にいた。その混乱は10年前の父を失った時と変わらぬほどに大きかった。
「……ガジン?」
しかし、不安そうに揺れる金色の瞳が、あの日の弟の青い瞳と重なって、我に返った。
「失礼しました。私でよければなんなりとお答えいたします。……我等のことを知ろうとしてくださったこと、感謝いたします」
ガジンは少し微笑みながら、自然と礼をした。それは格式張ったものではなく、心からの感謝の礼だった。
「い、いやっ僕は何も……出来なくて。でもっ、知ることが大事だって聞いたから……」
感謝の言葉を聞いたリュウガは、青い肌を紫に染めた。照れて恥ずかしがる姿は、やはりただの少年にしか見えない。ガジンはさらに笑みを浮かべた。
「それで、リュウガ様。何からお話しましょうか」
「っ!」
何気なく声をかけたガジンに、リュウガは驚き、動きを止めた。やがて、金色の瞳がまるで太陽のように輝く。
ガジンは知らない。ただ名前を呼ばれた。それだけのことが、少年の心をどれだけ温めたのかを。
「うん! いろいろっ、色々聞きたいんだ! ガジンのこと、ブレンのこと、この国のこと……僕に……出来ること」
自身に出来ること、のところでリュウガは小声になったが、また息を吸い込んで、言い切る。
「色々教えてくれ、ガジン!」
ガジンは何も知らぬまま「はい、リュウガ様」と力強く頷いた。




