第1話「タンダの角」
(まったく。頭の硬いクソジジイどもめ)
黒い肌と立派な長く太い一本角を示しながら歩いている鬼人族の男がいた。
彼は玄角族の若き部族長の一人、ガジン。
「……何が、ダンジョンは神の与えた修練場、だっ! だったらてめぇの土地と交換しろってんだ」
呟く声には怒りが込められていた
彼の生まれ育ったこの街の名前は『ブレン』。ライガイアで現状唯一ダンジョンがある場所であり、10年前にそのダンジョンがもたらした災害モンスターウェーブにより甚大な被害が出た地。
彼が歩いている廊下の窓から見える街の家々には魔物が通った痕がくっきりと刻まれ、未だに瓦礫も転がっていた。
というよりも、この10年。街の景色はあまり変わっていない。
国の上層部が他国の支援を「他所に弱みは見せられない」と断った。そのせいで支援物資は冒険者ギルドや一部の者からに限られてしまった。しかも運ばれてきても、支援部隊だけは追い返すなんてこともざらだ。
物資以外にも、技術者や医術など、必要な人手もあるのにだ。
10年経っても復興が遅々として進まないのは、そんな国の体制にあった。
たしかに、上層部が言うことにも一理はあるのだ。弱みを見せればつけこまれる。
だが現実として、物資が足りていない。人手が足りていない。なのに国は代わりを用意しない。
被害が起きてから数年は、ガジンが近くの街に掛け合ったこともあって国中から支援物資が運ばれてきた。しかしそれも、数年もすれば薄れていく。
『もう大丈夫だろう?』
『まだ復興できてないのはお前等が悪い』
『そもそもそんな被害を出すなんて恥だ』
今となっては、冒険者ギルドの支援が命綱だった。
「はぁ。今回はメンラース殿が来てくれたからマシだが、毎回お願いするわけにもいかん。
ったく。メイのやつが前回しっかりと対応してくれれば……あの箱入り娘め」
前回の支援団を、なんとレンコウガの門番が勝手に追い返すということがあった。物資は受け取ったようだが、それを運ぶためにも当然人手がいる。仕方なく、街の復興に勤しむ部下の手を止めて荷物を受け取りに行かせた……その後の配給も自分たちで全部指揮をする必要があり、他のことに手が回らなくなった。
今回は冒険者ギルドが率先して行ってくれているため、ガジンはこうして他の幹部との話し合いの場に出席することも出来た――内容の成果は、芳しくはないが。
(しかし、若い連中の中にダンジョンの危険に気づいてる者もいると知れたのは、朗報か。特に――)
「蒼角族の神子様、か……会わなければならないな」
蒼角族。
鬼人たちの間で突如生まれる特殊な種族。その中でも『伝説』の三本角の蒼角族が生まれたと、国中に激震が走ったのは記憶に新しい。
「しかし、蒼角族の神子様が、どうしてこの話を知っている……?」
国に匿われ、外と断絶させられているはずの彼が、どうやってブレンやダンジョンの実情を知ったのか。もしかしたら聞いた話が嘘かもしれない。だが、その話が本当だとしたら……味方につければ事態は動く。
それだけ三本角の蒼角族の言葉は、この国において重いのだ。
「問題は、どうやって会うか、だな……はぁ」
ガジンはその方法に頭を悩ませつつ、ふと窓の方を見た。相変わらずの瓦礫が見えるが、そこには幼い鬼人族たちがいた。
「やぁっ」
「たぁあーっ」
彼らが持っているのは武器ではなく、木の棒。そこら辺に落ちていただろう棒を手に、彼らなりに真剣にそれを振っている。ガジンも幼い頃は、そんなところから武の道に入っていった。
ずっと険しい顔をしていたガジンの目元が緩む。
(しかし……前には進んでいる、か)
10年前。被害を受けてすぐには見られなかった光景だ。少なくとも子供たちがやせ細り、木の棒を振るう元気もなかったあの頃とは違う。
たとえ建物や、大人たちの心の傷はまだ癒えずとも、間違いなく、未来は紡がれている。
ガジンはふっと笑った。ならば、彼がその未来を閉ざすわけにはいかない。足踏みなどしていられない。
「オレもまだまだ修業不足だな。こんなことくらいで弱音を吐くとは」
そうだ。このくらいなんだというのだろう。国の頭が硬かろうと、それがなんだ。
「オレの名前はガジン=タンダ。タンダの名を継いだ者だ。覚悟しておけよ、クソジジイ共……タンダの角は折れんぞ」




