最終話「お嬢様と黒炎と瞳」
朱色に塗られた木製の丸い柱。
本当に彫ったのかと疑いたくなるほどに繊細な彫刻の装飾。
センスよく貼り付けられた金箔。
壁にかけられた白黒の絵。
他にも置かれた調度品は一級品であり、ライガイアならではのものがたくさんあった。
リル。リーリアルナ=リンドベルは、それらをちらと見ただけで何も言わず、飛びつかず、しずしずと案内されるままに廊下を歩く。
彼女はドレスを身に着けてはいなかった。
しかし、その真っ直ぐに伸びた背筋。視線。指先。歩く動作。風になびく髪の毛からすらも、どことなく気品を感じさせた。
対して彼女の後ろ、少し離れたところを歩くヴァレリオは、どこか居心地悪そうに肩をすくめながら、周囲の死角になりそうな場所を確認していた。
リーリアルナは自由都市国家リンドベル、現当主の孫娘。
同じ国家という括りであっても、リンドベルとライガイアでは、国の力は比べるべくもない。
本来なら――強さこそ至上のこの国において、戦えない彼女は侮られる……はずだ。
しかし、鬼人たちは彼女に自然と頭を垂れて、こうして国の中枢に彼女を案内していた。
武器を持たない少女に、別の強さを見出したかのように。
「リンドベル様、神子様はコチラの奥にてお待ちです」
「はい」
無駄に大きな戸が開けられ、リーリアルナが中へと入っていく。ヴァレリオも追いかけようとして、止められた。
「護衛の方はコチラでお待ち下さい」
「っ! しかし」
焦り、その身に黒炎をまとい始めた彼を、「ヴァレリオ」とリーリアルナは静かに呼び、目線で止めさせた。
たとえ槍を取り上げられていようと、ヴァレリオから立ち上る黒炎と気配に、鬼人の警護たちはゴクリとつばを飲み込んだ。武器の有無など、きっとこの男には関係ない。
リーリアルナとヴァレリオの目が合う。――先にそらしたのはヴァレリオだった。彼もまた、少女に負けたらしい。
「……はぁ、分かった」
「ありがとうございます」
そうして消えた黒炎に、警護たちは誰よりもホッとした。
リーリアルナはそれを確認すると、今度こそ中へと入っていった。
中は、更に整えられた空間だった。一段高くなった先に、植物で作られた床が張られていて、独特の香りがリーリアルナの嗅覚を刺激する。
段差の先には、玉座とはまた違う脚のない椅子が置かれてあり、そこに人影があった。
黒いくせ毛。長めの前髪の中央を突き抜けるように小さめの角が一本。その角を中心に左右対称に大きめの二本の角。合計で三本。
滑らかに見える肌は青みがかり、角は濃い青で美しい輝きを放っている。
しかし――顔はやや俯いているせいでよく見えない。
リーリアルナは、片膝をつき、腰を曲げた。それはライガイア式の礼であった。
「っ?」
声にならない悲鳴じみたものが聞こえた。リーリアルナが顔を上げると、驚いたような丸い瞳が彼女を見ていた。
鬼人族特有の黒い眼球と――金色の瞳がそこにはあった。
「き、君すごいね。外の人なのに、綺麗な礼だった。今まで見た外の人の中で、一番綺麗だった」
思わず口にしてしまった、という様子だった。リーリアルナは口元に手を当てて、くすりと笑う。
「ありがとうございます。わたくしの礼が綺麗だったとするならば、教えてくださった案内の方の教え方が上手だったのでしょう」
彼女はそう言って、神子の賛辞を控えめに受け取った。そんな対応に、鬼人族の神子はますます興味を惹かれたようだった。
「き、君。本当に外の人なの? 二本角が術で化けてるんじゃなくて?」
神子はきょとんと首を傾げた。金の瞳も、三本の角も、青い肌も関係ない、ただの少年がそこにいた。
「ふふ、どうでしょう? もしかしたら化けてるかもしれませんよ? 調べてみられます?」
リーリアルナは冗談めかして言った。ゆっくりと手を差し伸べながら。
しかし神子は、その手を見た瞬間ビクリと体を震わせた。ちらちらと、金色の瞳が周囲を彷徨う。それは誰かに許可を……いや、答えを求めているかのようだった。
彼の様子に、リーリアルナは一瞬悲しげに目を伏せた。彼は選ぶということに慣れていないのだと、察せられたからだ。
しかしすぐに笑みを浮かべた彼女は「冗談ですわ」と手を引いた。神子はそのことにホッと息を吐き出し、同時にどこか残念そうに目を伏せたのを、彼女は見ていた。
「わたくしは、リーリアルナ=リンドベルと申します。学者をしておりまして、ライガイアのことを研究しているのです。学ぶ過程で自然と身についたのですよ」
種明かしをする彼女に「学者?」と、神子はやはり首を傾げ、「じゃあ、なんでも知っているの?」と目を輝かせた。その様子は見た目よりもずっと幼い。
「なんでも、と頷きたいところですが残念ながら……むしろ、まったく知らないからこそ、知るために旅をしているのです」
「そうか……? 旅? 君はリンドベルなのに、旅をしているの?」
「はい。ライガイアの南部の方を回ってきたところです」
頷くリーリアルナを、金色の瞳はどこか羨ましそうに見た。彼女はそれに気づかぬふりをして、語る。
「南部は翠角族の方が多く住まれていて、農業が盛んで……ああ、そうそう。お野菜をいただきましたが、とてもみずみずしくて美味しかったです」
「え? 南部は翠角族が多いの? 農業が盛んなんだ?」
「そうですよ。翠角族の方は農業や酪農などの一次産業に従事している方が多いのです。コツコツと、耐え忍ぶ気質の方が多いですから」
「……知らなかった」
「知らなければ、知っていけば良いのですよ。
わたくしが今……金の瞳の美しさを知ったように」
リーリアルナがそうにこりと笑うと、神子はそれはもう驚いた顔をした。
「――綺麗? この目が?」
「あら、言われたことございませんか?」
これにはリーリアルナも意外だ、と言う顔をした。離れていてもその輝きがハッキリ見えるほど、彼の瞳は美しい。
神子は頷いた。
「う、うん。皆この目を見て、凄い、とは言うけど綺麗なんて……初めて言われた」
神子は少し俯いて、服の裾を落ち着かなさそうに触った。その反応はまるで、角を異性から褒められたかのようだった。
「リンドベル……その、僕は……」
彼はそこで一度言葉を切った。黒い前髪を軽くつまみ、それからまたリーリアルナを見る。リーリアルナは何も言わずに、ただ待った。
彼の選択を、邪魔せぬように。
「僕は……外の世界を知りたいと思う。僕に……教えてくれるだろうか?」




