最終話『少年は胸に勇気を抱く』
タング=ウィストと、メイ=ウエノの目があった。
「あっ、おはようございます、ウエノ支部長」
「あ、ああ、おはよう……ウィスト」
タングはメイが目線をそらしつつも返事をしてくれたことにホッとした。先日の件があってからどうも彼女に避けられている気がしていたが、気の所為のようだ。
そのままタングは頭を下げ、メイの隣を通り過ぎようとした。
「っ! ウィ、ウィスト! 明日なんだが」
「? はい、なんでしょう?」
「明日、その……お前、休暇を申請していただろう?」
タングは質問の意図がわからぬままに頷く。ギルド職員たちも、当然休日は存在する。定期的にもあるし、月に5回、あらかじめ申請すると休むことが出来る。
異動して一ヶ月。そろそろ少し慣れてきたので、ゆっくりと街を回ってみようと思い、申請を出したのだ。
メイが体をくねらせた。前髪を撫でつけながら、タングをちらちらと見る。
「実はその、あ、アタイも休みでな」
「そうなんですか。奇遇ですね」
あっさりと返すタング。
その時偶然そこを通りがかってしまった不運な職員は、心の中で『奇遇ですね、じゃねえよ。誘えよ!』とでも言いたそうな目をしていた。
「支部長は、いつもお仕事大変ですし、ゆっくり休まれてくださいね」
しかしタングはそんな職員の目での訴えに気づかない。まるで気づかない。
メイが体を震わせた。黒い眼球が潤んでいる。
「お……お前なんか、ギルバート様たちにぜんっぜん及ばないんだからな!」
「え? あ、はい。もちろんです。ギルド長と俺なんて全然っ」
「その通りだ! ギル様はお強くて、お優しくて、気遣いも出来て、お前なんかとは全然、ぜんっぜん違うんだ……ふんっ!」
結局メイは鼻息荒く、いつもは立てない足音を響かせながら去っていった。
タングはパチパチと瞬きをして、呆れた顔をしている職員を見た。その顔は何も理解してなかった。
「あの……なんでギルド長と比べられたんでしょう、俺」
「……支部長、ギルド長のファンだからな。頑張れってお前を励ましたんじゃないか?」
職員は、なぜ自分はこのタイミングでここを通りがかってしまったのだろうか、と後悔しているような顔で、適当にそう言った。
タングは、
「なるほど! 激励だったんですね! 俺、頑張ります!」
「ああ、頑張れ。いろいろと」
職員の声は、疲れ切ったものだった。
***
そうして翌日、タングは一人で街へ出かけた。
彼の故郷であるリンドベルでは四階や五階建ても珍しくはないが、ライガイアでは一階か、二階建てがほとんど。
あと、石造りより木造が多く、ドアも押しても開かないドアで……タングからすると不思議な構造だった。
(ドアに不思議な紙が張ってあるし……でもあの紙のドア、なんか好きなんだよな)
何よりの違いは、やはり行き交う種族だろう。
リンドベルでは多種多様な種族が入り混じっていたが、ライガイアでは殆どが鬼人だ。
頭には一本か二本の角が生え、肌の色は赤色っぽい人と灰黒っぽい人が多い。時折緑がかった肌も見かける。
そしてそこに本当に時折、ドワーフと人間。
そんな彼らが、ボタンのない不思議な衣服を着て街を歩いている光景は、タングからすると見慣れず、しかしどこか感動もする。
タングはワクワクした顔で土の道を歩く。土なのにとてもしっかりとした道は、馬車が何台通っても問題なさそうで、そんなことにも不思議を感じた。
彼は楽しみながら街を歩き、露店に売っていた棒に刺さった木の実(驚くことに、これはライガイアのリンゴらしい。こんなに小さいのに!)と、先端が三角でたくさんの足がある不思議な魚介を焼いた串を一本ずつ買った。
小さな林檎はテカっており、飴が塗ってあるそうだ。そして魚介は、ライガイアの奥にある塩湖で取れたものらしい。
「なんかタコみたいだけど、タコじゃないんだよな?」
タレがたっぷり塗ってあるそれをくんくんと嗅いだタングはそれを一口食べた。彼の目が丸くなる。
「うんまっ! ぜんぜんタコと違う! けど美味しい!」
甘辛いタレと焼き加減が絶妙で、タングはあっという間に食べ終わり、手についたタレを満足気に舐め取った。
それから、もう片方のリンゴ飴に目をやる。周囲で美味しそうに食べていたから買ってしまったのだが、きっとこっちも美味しいに違いない。
ぐぅ~。
腹の虫が聞こえた。
タングのものではない。彼が音の方を見てみると、そこには見たことのない肌色の鬼人がいた。タングより、少し歳上だろうか。
青みがかった肌のその鬼人族は、外套のフードを目深に被っていて角の様子はよく見えない。布越しに見える様子から一本角ではなさそうだ。
彼は金の瞳を、タングの持つリンゴに注いでいた。……腹を鳴らしながら。
「…………」
しかし、タングに何も言わない。ただ見ている彼に、タングは戸惑って頬をかいた。どうしたものかと少しだけ悩んだ後、「えーっと……いる?」と聞いた。
その途端に、金の瞳が一際輝いたのを、タングの目はしっかりと捉えた。
こくこくと首を縦に振る鬼人の少年は、どこか纏う空気が見た目よりも幼かった。そのせいだろうか。タングはあまり緊張せず、「はい、どうぞ」とリンゴ飴を差し出した。
食べられなかったのは残念だが、嬉しそうに、美味しそうに飴に齧り付く姿は微笑ましく、自分のはまた今度買おうと素直に思った。
タングは新人でも、冒険者ギルドの職員。給与は比較的高い。リンゴ飴一つ、大した出費でもない。
それどころか……もう二本、いか焼きを追加してもいいだろう。
「なぁ、俺さ。さっき食べたイカ焼きが美味しかったから、また買いに行こうと思うんだけど、来るか?」
リンゴに齧り付いていた鬼人の少年は、そんなタングの様子に戸惑った……いや、ひどく驚いていた。しかしすぐに、どこか嬉しそうに頷いた。
「行きたい」
「じゃあ行こうぜ! あっちだよ」
タングは少年の手を取って、街に向かって走り出す。少年は慌てて外套のフードを押さえた。角を見られたくないようだった。
(もしかして角磨き忘れて恥ずかしいのかな)
そう思ったタングは特にそれを指摘することなく、名乗る。
「俺、タング=ウィストっていうんだ。こう見えても冒険者ギルドの職員なんだぜ! 最近リンドベルから来たんだ」
「……リンドベル」
「ああっ! 結界樹の加護がある街なんだ!」
誇らしげにタングは語り、少年を見た。
「お前は?」
「……え? 僕?」
「うん、今度はお前が自己紹介する番だろ?」
何気ない言葉だったが、少年は体を固くした。それから俯き、さらにフードを握りしめた。その下にある角を、必死に隠すように。
「その……僕、自己紹介とか、したことなくて」
「えっそうなんだ? もしかして、支部長みたいにすごい人?」
タングは目を丸くする。そんな彼に少年は「す、すごくなんかないよ」と掻き消えるような声で言った。
「僕、何も出来なくて、何も知らなくて……でも『外』なら何かできることあるかもって、出てきたんだけど……『お金』もなくて」
緊張したような少年の声。とても勇気を振り絞ったその言葉に、タングは
「へえ、凄いじゃん」
と、気負わずにいった。少年が「え?」と顔を上げる。タングが笑った。
「つまり、勇気出して行動してみたんだろ? それって凄いことじゃん」
「っ!」
「俺もさ、ライガイアの異動の話聞いた時、どうするか悩んだしな。やっぱりぜんぜん違う場所に行くのって、怖いだろ。
だからさ、お前は既に凄いよ」
にひっと笑うタングに、金色の瞳が揺れ動き、潤んだ。
そんな少年に気づいているのかいないのか。タングは「あっそうだ! 練習しようぜ」と提案した。
「自己紹介の練習! 俺で良ければ相手になるからさ」
鬼人の少年は口を一度閉じてぎゅっと噛み締めてから、「うん」と頷いた。
そんな二人の自己紹介が、遠くない未来で国を動かすことになるのだが……それは今の彼らには関係のないことだ。




