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7 魔法使いがやって来た ③


「この輝き、この形! (ふち)に沿って彫り込まれた(ツタ)のような複雑な文! 間違いありません~、これは絶対に聖杯です~!」


「え? 本当に? これって、聖杯だったの!? 嘘でしょう?」


「噓じゃないです~、これは正真正銘、本物の聖杯です~! 聖女召喚の儀式の後から行方がわからなくなっていて、大騒ぎになっていたんですよ~! それがどうしてこんなところにあるんですか~?」



そう。これはまごうことなき聖杯だった。

他の人間ならいざ知らず、神殿で聖杯の管理を任されていたシリルだけは、見間違うはずがないのだ。



聖杯が姿を消したのは、一年前のこと。

聖女召喚の儀式が行われた、中央神殿の地下深くにある『召喚の間』での出来事だった。



その日のことを、シリルは目の前の聖女様に話し出した。

できるだけ詳しく、最初から。

それがシリルに今できる全てだと思ったから。





――聖女召喚の儀式が行われた日。


魔法使いの塔から派遣された高位の魔法使い12人が、実に5年もの歳月をかけ作り上げたあの魔法陣を初めて目にしたシリルは、その迫力に目を瞠った。


とにかく巨大な魔法陣だった。

それは王宮の王広間くらいの大きさの部屋の床を、びっしりと埋め尽くすように描かれていた。


幾重にも重なり合う円や複雑に絡み合う幾何学模様、夥しい数の文字や記号が、見る者の心を魅了する荘厳な美しさを放つ。

全ての線、全ての記号、全ての文字が、緻密な計算の果てにそこに描かれていた。

ほんの僅かなズレや、凡人には気づけない程の微かな歪みも一切許さない、魔法使い達の情熱と狂気の果てに成し遂げられた偉業。


その巨大な魔法陣の中央に聖杯を置き、12人の神官たちが祈りを捧げる中、12人の高位の魔法使いが魔力を魔法陣に注ぎ入れ、最後に神官長が神に契約の言葉を捧げる。

それが聖女召喚の儀式なのだと言う。


聖杯は普段は、神殿の奥にある鍵のかかった宝物庫の中で厳重に保管されている。

シリルは毎日その宝物庫を訪れ、聖杯が何事もなくそこに安置されていることを確かめた。

それが『聖杯の番人』と呼ばれるシリルに与えられた仕事だったのだ。


聖杯に触れることは、『聖杯の番人』であるシリルにのみ許された行為だった。

なのでシリルは、今から魔法陣の中央に聖杯を設置するために、この緻密に描かれた魔法陣の上を歩かなければならないのだ。


巨大な魔法陣は、完成して魔法で固定された後では、誰が触っても消えることは無い。

いくらそう説明されたとしても、魔法陣の上を歩くのは、気弱なシリルには恐ろしく勇気が必要なことだった。

自分のせいで魔法陣が壊れてしまったらどうしようと、不安で不安で仕方が無かった。


おっかなびっくり、できるだけそっと。

気を抜くと震え出す足を必死に動かし、シリルは魔法陣の中央まで進み出て、聖杯をそっと置いた。


この聖杯と聖女は、お互いを引き寄せ合うのだと言う。


三百年以上前にも行われたという『聖女召喚の儀式』でも、確かに聖杯と聖女は互いに引かれあい――聖女と聖女が連れていた聖獣が、この場所に降り立ったのだそうだ。



そこまで話したところで、ユイが『あのー』と話を遮った。


「今の話でちょっと気になったことがあるんですけど」

「はい、何でしょう~?」

「三百年以上前にやってきた聖女って、どんな人だったんですか?」

「あ~、えっと~、確か……」



それからシリルが語った、前回の聖女の様子はというと。


複雑に結い上げられた黒髪に、筒のような形の袖の長いドレスを纏った少女だったらしい。

内股で地面の上を滑るように歩く姿が特徴的だったそうだ。

そして、彼女が連れていたのは白地に黒のまだら模様の、平らな顔で両目が左右に離れた愛嬌のある顔の生き物。

彼女は自分のことを『コシモトノオマツ』と名乗った。

そして、腕に大事そうに抱えたその動物を、『チン』の『オイヌサマ』と言っていたらしい。



「腰元のお松、(チン)、お犬様…………生類憐みの令の頃かな…………」

「ショウルイ? なんですか~?」

「あ、いや気にしないで下さい。えっと、聖女召喚の儀式の話の続きをお願いします」

「はい、では~」





――シリルが聖杯を魔法陣の上に置き、またもやおっかなびっくり陣の外に戻ると、神官長が厳かに声を上げた。


『これより、聖女召喚の儀式を始めます!』


その声を合図に、傍らに控えていた12人の神官たちが、一斉に祈りを捧げ始める。

そして、12人の高位の魔法使いが魔力を魔法陣に注ぎ込んだ。


魔法陣の周りには、国王陛下と王太子殿下、それから宰相閣下と騎士団長もいて、固唾を飲んでこの儀式の行方を見守っていた。


魔力が注ぎ込まれると、魔法陣が淡く光り出した。

その光は徐々に強くなり――ついに、目を開けていられないくらいにまでなった。


シリルがその眩しさに思わず目を瞑ると同時に、神官長が何かを大声で唱えた。

それは一見意味の無いような音の羅列だった。


そして、魔法陣はカッと爆発したかのように激しく光った後、ふっと暗くなった。

人々は目を開けるやいなや、すぐさま魔法陣の上に視線を向けた。すると。


その時、魔法陣の上には、白くて四角い物が無造作に置かれており――聖杯の姿はどこにもなかった。



「白くて四角い物?」

「はい~。あとで詳しく調べたところ、どうやら布製の鞄だったようです~」



これくらいの、とシリルが両手の人差し指で空中に四角い形を描いた。

それを見たユイは、「これっくらいの、お弁当箱に♪」という懐かしい手遊び歌を思い出した。

白くて四角い物、と聞いて一瞬豆腐を思い浮かべたが、どうやらもっと大きい物のようだ。



「これくらいの大きさの布の鞄の中に、大変奇妙な物が入っていたんです~」

「奇妙な物?」

「はい~」



透明で、硬いのに軽い、不思議な瓶ようなもの。

中に入っているのはおそらく水のようだった。

それと、羽のように軽く、薄くて柔らかい無色透明な膜でできた袋。

空洞になった紙を芯のようにしたものに、白くてやわらかい紙を何重にも巻きつけた物。

字を書くには柔らかすぎるので、何に使うための物なのかは謎だった。



(あー、それ多分だけど、散歩の時に持ち歩いていたトートバッグだ)



ユイは、いつも散歩の時に持ち歩いている、白いトートバッグの中に入れてあったものを思い浮かべてみる。


水の入ったペットボトル、排泄物を掴むためのトイレットペーパーとビニール袋。


(うん、絶対私のトートバッグだ)


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