6 魔法使いがやって来た ②
「ワンッ!」
ユイとシリルの顔を交互に見ていたと思ったら、急に家の扉の方を見て元気に吠える太郎。
その声に弾かれたように、ユイは俯いていた顔を上げた。
「そっか。そうだよね。こんなところで立ち話してても埒が明かないよね」
「ワン!」
「うん、わかった。とにかく家の中でゆっくり座って話しましょう!」
「ワフ!」
流れるように進む会話。
にこやかに微笑むユイと、勢い良く尻尾を振る太郎を見て、シリルは驚き目を丸くした。
(なんて不思議なんだろう! 彼女はまるで犬の言葉がわかるみたいだ!)
だとしたら、やっぱり彼女は聖女様に違いない。
きっとそうだ、そうに決まってる、絶対に間違いない。
お願いだから、そうだと言ってくれ!
さもないと、聖女様探しの旅に永遠に終わりが来ない。
それは困る。本当に困る。早く家に帰りたいよう!
シリルは心の中でそう叫びながら、ユイの後に続いて家の中に入っていった。
「どうぞ、おかけください」
「ありがとうございます〜、では失礼して………………っ!?」
ユイに勧められた椅子を引き、お礼を言いながら座ったシリルだったが。
テーブルの上に飾られた花を見るやいなや、まるで石になったかのように固まり、全く動かなくなった。
「あれっ? どうしました? ああ、これですか?」
シリルの視線がテーブルの上の花に向けられていることに気付いたユイは、青紫色の矢車草が一輪活けられている、銀のゴブレットを手に取った。
「ふふっ、綺麗でしょう? この花、凄いんですよ! 摘んでからもう一年くらい経つのに、まだ枯れてないんです! 凄いでしょう、この花の生命力!」
「…………!!」
「もちろん、毎日水を変えてはいるんですけどね。でも、それにしたって長持ちしすぎですよね。一年ですよ、一年!」
「嘘だ…………」
「いやいや、本当なんですよ! 本当に一年間枯れなかったんですってば! ほら、よく見て下さいよ! ちゃんと生き生きしてるでしょう?」
違う、そうじゃない、とシリルは思った。
そうじゃない、問題はそこじゃない。
一年間枯れることの無い花もそれはそれで十分凄いしまさに奇跡なのだが。
今、シリルにとって一番の問題はそれじゃない。
シリルは、ユイがグイグイと見せつけて来る矢車草――ではなく、それが入っている銀色のゴブレットの方を、震える指で差した。
「え? もしかして気になるのは、花じゃなくてこっちの方ですか?」
ユイが不思議そうな顔でゴブレットを指差すと、シリルは必死にコクコクと頷いた。
「ふふっ、ピカピカしてて綺麗ですよね、これ。花を活けるのに丁度良いんですよ。それにこれ、すっごく頑丈なんです! 以前、水を変えるときに落っことしちゃったんですけど」
『落とした』という言葉を聞くやいなや、シリルはヒュッと息を飲んだ。
だが、笑顔でゴブレットの長所を説明するユイは、彼の顔が青ざめていることに全く気付かなかった。
「川の側の石の上に落としたのに、へこむどころか小さな傷一つ付かなかったんですよ! いやもう、頑丈すぎてびっくりしちゃった!」
胸を押さえつつ、ほーっと息を吐き、消え入りそうな声で『ううう、良かった~』と呟くシリル。
それを見たユイは、『ん?』と首を傾げた。
どうしてこの人は、こんなにもこのゴブレットのことを気にかけているのだろう。
自分の物でもないのに。なんで?
うっすらと涙を浮かべながらゴブレットの無事を喜ぶシリルを見て、今更ながらにユイは思った。
(も、もしかして、これって物凄く高価なものだったりする……?)
「あ、あの! これってもしかして、買うとすごく高かったりします……?」
「これは売り物ではありません~、それに、値段など決してつけられないものなんですよ~」
「えっ!? プライスレス? まさかの国宝級のお宝ってこと!?」
慌ててそう問いかけるユイに、シリルがキリリとした顔になる。
とはいえ、喋り方は相変わらずの気弱で間延びした口調なのだが。
「これは、聖杯です~」
「は?」
「ワフ」
突然そんなことを言われたユイは理解が全く追い付かず、思わず助けを求めるように、足元に座っている太郎の方を見た。
太郎も突然のことに驚いているようで、きょとんとした顔でユイを見上げている。
(セイハイ? この人、今セイハイって言った? セイハイって聖杯のこと?)
いや、でも。
シリルの言うセイハイとやらは、果たしてユイが頭に思い浮かべた『聖杯』と同じものなのだろうか。
まずはそれを確認しなければと、ユイはシリルに問いかけた。
「あの、あなたの仰る『セイハイ』というのは、漢字で書くと聖なる杯の聖杯ですか?」
「申し訳ありません〜、カンジというものは存じ上げないのですが~、ええと、そうですね~、聖なる杯という意味で間違いありません~」
(そうだった。漢字という言葉は通じないんだった。というか、このやり取りさっきもあったな!)
本日二度目の漢字が通じない問題。
まあ、それはさておき。
シリルの言うセイハイは、ユイの思うところの『聖杯』で間違いないようだ。
(そうか、これって聖杯だったんだ。道理で落としても傷一つつかないはずだわ……って、そんなことはどうでもいい!!)
今更ながら、手の中で光る銀色のゴブレットを見つめつつ、ユイは大声で叫んだ。
「え? これって聖杯だったの!? 本当に!?」




