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4 犬の散歩中、異世界に飛ばされました ④


気がづけばいつの間にか、一年もの月日が流れていた。


だが、こちらの世界に放り込まれた日のことを、ユイは今でも鮮明に覚えている。





あの日。

休日で仕事が休みだったユイは、太郎と一緒に夕方の散歩に出かけた。

平日は早起きして早朝に散歩しているのだが、仕事が休みの日には夕方に散歩することにしていたのだ。


いつものように近所の公園に行くと、見知った犬を連れた女の子が笑顔で近寄って来た。



「ユイさん、太郎君、こんばんは!」

「サーシャちゃん、ルドルフ君、久しぶり!」


太郎とユイは、この時間帯によく散歩に出かけている。

なので、公園でよく見かける飼い主たちとは自然と顔見知りになっていた。


ボルゾイを連れた女子高生のサーシャちゃんもそのうちの一人だ。

サーシャちゃんは母親がロシア人で父親が日本人のハーフ。

天然の茶髪に色素の薄い緑色がかった瞳で、芸能人かと思うほどの美少女。

連れている犬、ボルゾイのルドルフ君も、白くて長いフサフサの毛が優雅で美しい犬だった。


一方、ユイの愛犬、太郎はというと。

こんがり焼けたトーストのような美味しそうな色ではあるが、ごくごく平凡な柴犬。

子犬の頃はやんちゃだったが、今は12歳の高齢犬なので、あまり素早い動きは見せない。


高貴な貴族のようなルドルフ君の横にいると、ザ・庶民! と言った感じに見えるが、犬達の間に上下関係はないようだ。

むしろ、礼儀正しいルドルフ君は、年長者である太郎に敬意を表しているようにすら見える。



(それにしても、サーシャちゃんは、いつ見ても本当に可愛いな……!)



今日は日中は暖かかったが、日が暮れかかって来たこの時間は冬らしい寒さだった。

白いダッフルコートに白のブーツ。ふわふわのフェイクファーのイヤーマフを付けたサーシャちゃんは、ファッション雑誌から抜け出て来たかのように愛らしかった。


それに引き換え、ユイは。

毛玉がたくさんついた部屋着のグレーのセーターの上に、これまた毛玉が目立つ7年前の高3の時に買った紺のフリースジャケットを無造作に羽織った、色気のないジーンズ姿。

しかも靴はちょっと薄汚れた白のスニーカー。



(近所だからって、この格好はあんまりだったな……)



次からはもう少しちゃんとした格好で来ようと、ユイが心に誓ったその時だった。



「えっ!? 何これ……!?」


サーシャちゃんが慌てたように叫んだ。

見ると、彼女の足元が突然光り出し、模様のようなものが地面に浮かび上がってきた。


あまりのことに言葉を失ったユイだったが。

次の瞬間、今度はユイの方が大きな声で叫ぶ羽目になった。

何故なら、サーシャちゃんの足元に浮かび上がった円形の模様――アニメでよく見る『魔法陣』のようなそれが、スススススッとユイの方に向かって移動してきたのだ。



「うわっ!? なんでこっちに来るの!?」



素早く移動してきた魔法陣は、ユイと太郎の真下まで来ると、ぴたっと動きを止めた。

ユイが焦ってその上から逃げ出そうとした瞬間、目が眩むような強い光に包まれ――気が付けば、太郎ともども、見知らぬ場所に居たのだった。




あれから、何度も何度も考えた。

あの魔法陣は、最初はサーシャちゃんとルドルフの足元に現れた。

なのに、何故か急に、ユイと太郎の方に移動してきた。


何故だろう。

何故、あんなものがサーシャちゃんとルドルフの足元に現れた?

何故、私と太郎の方に移動してきた?


何故何故何故と考えに考えて。

おかしくなるんじゃないかと思うくらい考えた挙句に、ユイが辿り着いた答えは。


『何が何だかわからない』という身も蓋もないものだった。


なのでユイは、それ以上考えることを止めたのだ。

そう、家族を全て失くした時と同じように。




家族を全て失くした時。

それほど昔のことではないが、そんなに最近でもないちょっと昔のことだ。


まずユイの母親が病気で亡くなり、それからしばらくして父親も、偶然同じ病気で亡くなった。

父方、母方ともに祖父母はすでに故人だ。

しかも、両親ともにユイと同じく一人っ子だったため、叔父叔母といった血縁者は一人もいない。

ユイは完全にひとりぼっちになってしまった。


そんな中、当時のユイは、ずっと考え続けていた。

何故、私ばかりが不幸な目に遭うのだろうと。

やり場の無い怒りをなんとか抑え込み、どうして私だけが、と運命を呪った。 


だが、そんな日々の先には、深い悲しみと一人きりになった寂しさに心を切り裂かれる時が続き――それをも通り過ぎた後は、心が壊れておかしな動きをするようになってしまった。


最初は、自分のことを被害者のように思っていた。

運命という無情なものに、家族を奪われた被害者なのだと。


だが、何故、どうして、と何度も何度も考えているうちに。

いつしかユイは自分を責め、何もできなかった自分のことを加害者のように思い始め、しまいにはひどく自分を責めるようになった。


そんな地獄のような日々でも、ユイには太郎がいた。


自分のことは、もうどうなっても良かった。

だが、太郎には不自由な思いをさせたくない。

きちんと餌をやり、早起きして散歩に出かけ、休みの日には夕方の散歩もした。


そんな風に、太郎と一緒に過ごしているうちに、ユイはだんだんと落ち着いてきた。

自分をひどく責めることもなくなり、少しずつ前を向いて歩けるようになってきたのだ。


だから、ユイは心から太郎に感謝している。

太郎がいなかったら、自分は一体どうなっていただろう。

太郎は犬だが、ユイにとってはかけがえのない家族なのだった。






「ワンッ! ワンワンワンワンワンッ!!」


庭で太郎が吠えている。

太郎がこんな風に吠えるのは珍しい。


何か良くないことが起きている。

直感。そうとしか言いようがない感情が、胸の中に広がった。



「太郎!? どうしたの!?」


ユイは急いで扉を開け、庭にいる太郎の元に走っていった。




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