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3 犬の散歩中、異世界に飛ばされました ③


それから。

ユイとルカ、太郎の二人と一匹は、なんとか平和に暮らしている。



食べ物は庭の実でなんとかなった。

1回の食事で3個程度食べればお腹がいっぱいになるのだが、さすがに毎食同じものでは飽きる――と思いきや、どういうわけか、いくら食べても飽きがこない。

それどころか、他の物を食べたいと思うことすらなくなった。

不思議なことに、あの実だけで十分に満ち足りた気分になるのだ。


(さすが異世界の実! アボカドみたいな見た目なのに、バナナみたいに簡単に皮がむけて、種も無くて食べやすいし、味も物凄く美味しいだなんて!)


そんな完全栄養食のような実のことを、ユイは『庭のごはん』と呼んだ。

だが、『庭の』を付けなくても通じるだろうということで、今ではただ『ごはん』と言っている。



生きていく上で大ピンチというほどのことは特に無い平和な暮らしだったが、夜になると家の中が真っ暗になるのだけは不便だった。

前の住人が使っていたとみられる使いかけのろうそくが沢山あったが、地震大国日本で生まれ育ったユイは、それをつけっぱなしでいることがどうにも怖かった。

何かの拍子に倒れて火事になったら大変だ。

そう思うと、暗くても我慢してさっさと寝てしまう方を選んでしまう。


だが、そんな不便を解消する素晴らしいグッズが、ある日太郎に寄ってもたらされた。


ユイが川で洗濯をしていると、裏庭から太郎がワンワン鳴いている声が聞こえて来た。


ユイが、『うーらのはったけでポチがなくー♪』などど鼻歌を歌いつつ裏庭に行くと、太郎が地面の一部を一生懸命掘り起こしていた。



「あれー、太郎? 何してるの? あはは、鼻の周りが泥で真っ黒だよー」


あとで『きれいになれー』をしてやろうと思いつつ、傍らで様子を見守っていると、地面の中から何やら光るものが顔を出した。


なんだろうとユイが拾い上げると、それは透明な玉――いわゆる水晶玉だった。



「占い師がよく使ってるあれみたいだね、太郎」

「ワン!」

「あはは、でも、太郎は占い師が水晶玉使ってるところなんて見たことないでしょう?」

「ワン!」

「だよねー」



ユイは笑いながら、その水晶玉に『きれいになれー』と呟いた。

いつものように淡い光のヴェールが水晶玉を包み込み、数秒後に金色の光の粒子に変わり消えていく。



「さてと、これで綺麗になった……って、あれれ? 何これ、ずっと光ってる?」



ユイの手の中の水晶玉は、金色の光の粒子が消えた後も光っていた。

まるで蛍光灯のような明るさに、思わず顔を(しか)めながら『眩しすぎる、もうちょっと目に優しい感じにならないのかな』と呟くと。

水晶玉はふっと暗くなった。



「あれ、ちょっと暗くなったような?」

「クゥーン?」



これは、もしかして、もしかする? と思いつつ、ユイが『明るくなれー』と水晶玉に向かって呟くと。

水晶玉は再びピカーと蛍光灯のように眩く光り出した。

ほら、やっぱりね! と頷きつつ、ユイが『ちょっと暗くなれー』と呟くと、水晶玉は再び少しだけ暗くなり、『消えろー』というと完全に暗くなった。

どうやらこの水晶玉は、明るさを自在に変えることができるようだ。



「よし! これで夜の照明問題は解決した!」


思わぬところで調光機能付きの照明器具が手に入った。

快適な光環境を実現したユイは、その後、寝る前にルカに前の住人が残した絵本を読み聞かせることが日課になった。




生きていくうえで、衣食住は大切なことだ。

食と住はとりあえずなんとかなったし、衣については前の住人が残していったものがクローゼットに残っていたためなんとかなった。

夜には明るいライトもある。


そうなると、人間と言うのは欲深いもので、更なる欲求がむくむくと湧いてきた。



「お風呂に入りたい……」



自分に向かって『きれいになれー』と浄化の魔法をかければ、身体の汚れも、なんなら衣服の汚れもあっという間に綺麗になる。

でも、洗濯の時と同じで、それでは満足できないのだ。

納得できないと言い換えてもいい。

水かお湯で洗い流さないと、どうしても汚れが落ちた気がしない。



「お風呂に入りたい……お湯に浸かりたい……百歩譲ってシャワーでもいい。でもでも、できたら湯船にゆっくりと浸かりたい……」



うわ言のようにそう呟き、ため息をつくユイを眺めていたルカだったが。

またしても、ユイの袖をくいくいと引っ張るではないか。


これはあれだ。ついて行くといいことがあるあれだ!

期待に胸を膨らませながらルカに手を引かれ、家の裏の森の中をしばらく進んで行くと――



「やったー!! 温泉だー!! ルカ、ありがとうー!!」



どうしてこんなところに、というような場所に、露天風呂があった。

岩が並んだごつごつとした作りの湯船は、あきらかに人の手によるものだ。

かつて行ったことのある温泉旅館の露天風呂にも劣らない素晴らしい出来栄えだった。

誰が作ったのか知らないが、なんて素敵なものを作ってくれたのだろうか。


製作者に心から感謝しつつ、興奮したユイは早速服を脱ぎ捨て、全裸で勢いよく湯船に飛び込んだ。


ルカ以外に見ている人もいないし、何より久しぶりのお風呂なのだ。

ユイのテンションは爆上がりだった。



「ふー、極楽極楽ー!」

「ウー! ワンワンワン!」



飛んできたお湯の飛沫がかかったらしい。

太郎が不満げに吠えている。



「あはは、太郎、ごめーん。あ、ルカも入りなよ! すっごく気持ちいいよー!」


ユイがそう声を掛けるが、ルカは真っ赤な顔でもじもじするだけだった。



「もしかして、露天風呂に入ったこと無い? 大丈夫だよ、そんなに熱くないから! 早く服を脱いで入っておいでー」


それでももじもじするルカを見て、ユイはもしかして、と思った。

もしかしたら、ルカは温かいお風呂に入ったことがないのかもしれない。

初めてなので、どうしたら良いのかわからないのかも。


そう考えたユイはお湯からざばりと上がり、ルカの服をすぽーんと脱がせて、さっと抱き上げる。


「さあ! 温泉デビューだ!」

「…………っ!!」

「ウー! ワン! ワンワンワン!」



ユカがルカを抱えて再びどぼんとお湯に飛び込むと、またしてもお湯がかかったではないかと、太郎が不満の声を上げる。


「あー太郎、ごめん許して! ふふっ、温泉のマナーとしては最低だったね! これじゃまるでプールに入るみたいだった!」


久しぶりのお風呂で、はしゃぎすぎちゃったな、とユイはちょっとだけ反省した。

お風呂とはこういう風に入るもの、とルカが思い込んでしまったら大変だ。


「えーっと、本当は最初に掛け湯とかしたり、身体を洗ったりしてから入るんだよ。今のは悪い見本だったね!」


慌ててそう言ったユイだが、ルカはそんなことは耳に入っていないかのように黙って下を向いている

良く見ると顔が真っ赤だったが、温泉のせいだろうと思ったユイは、特にそれ以上気にすることはなかった。


「あー、気持ちいい! やっぱり温泉は最高だね! ルカ、これから毎日一緒に入ろうね!」


上機嫌でそう言うユイは知らない。

普段はずっと無言でいるルカが、ユイには聞こえないくらいの小さな声で、「嘘だろう、勘弁してくれ……」と呟いたことを。


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