17 答え合わせの時間です ①
「はっ、よくもそんな白々しいことが言えたもんだな!」
アデライドがシリルの手を取り、訴えかけるように話している横で、ルカリオンは呆れたようにそう言った。
「何が『シリルが一番』だ。おい、お前。騙されるなよ。お前はこいつからずっと魔力を吸い取られていたんだぞ」
確かに、とシリルは思った。
目の前のこの美女は、自分から――いや、歴代の『聖杯の番人』達からも、長きに渡って魔力を吸い取っていたのだ。
だとしたら――そこで、シリルはある疑問を抱いた。
「あの〜、もしや、魔力を吸われることで寿命が縮まる、なんてことは〜」
「無いわよ、そんなこと! サキュバスじゃあるまいし!」
「やってることはサキュバスとそう変わらないがな」
「うるさいわね、ルカリオンは黙ってて!」
またしても言い合いになるルカリオンとアデライドを見て、シリルはほうっとため息をついた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「ワフッ!」
シリルが寝ていたベッドに腰掛けたまま、ずっと黙っていたユイがのんびりと口を開いた。
「あのね、ちょっと不思議に思ったんだけど。アデライドさんは、どうしてここで聖杯の姿のままでいたの? ずっと花瓶代わりに使われてて嫌じゃなかったの?」
確かに。とまたしてもシリルは思った。
元の姿に戻って、ガイアの実を食べていれば良かったのに。
彼女はそうできたはずだし、そうすることが最善だった。
なのに何故、そうしなかったのだろう。
「……シリルが良かったの」
「は、はい〜?」
「シリルの魔力が良かったの。私はもう、シリルの魔力無しでは生きていけない身体になってしまったの」
「……っ!」
そう言ってシリルにひしっと抱きつくアデライド。
シリルの頭の中は真っ白になってしまった。
顔は真っ赤だが。
「倒れるほど魔力が枯渇していたわけじゃないから、聖杯の姿でじっとしていればなんとかなってたのよ。それにあなたに会って魔力を分けて貰うまで、ちょっとの間、我慢するのもいいかなって。我慢した後の魔力は格別だから……」
「要するに、お前の魔力を最高に美味しく頂くために、しばし空腹を堪えていたに過ぎないって事だ。食い意地の張ったサキュバスにしては、美食家のような振る舞いだったな」
「だから、サキュバスって言うの止めてって言ってるでしょ!?」
「だ、だとしても! 一年もの長い間、私のことを待っていてくれたんですよね〜?」
一年は長い。
それほど長い間、自分と会える日を待ち望んでいてくれたのだと思うと、シリルは少しだけアデライドのことを信じられるような気がした。
でも。
「一年なんて短い時間を、長いと言うなんて。人間というのはなんて大袈裟な……ああ、そうだった、人間の寿命は短いんだったな」
人間の寿命は長くても百年程度。
最低でもその十倍以上の長さを生きる魔族にとっては、あまりにも儚い生き物、それが人間だ。
魔族であるアデライドやルカリオンにとっては取るに足りない一年という時間でも、この男にとっては『長い間』と言うべき時間なのだった。
「ねぇ、シリル。私はもうあなた以外の人間から魔力を吸い取るつもりはないの」
「えっ、そ、それはどういうことですか〜?」
「お願いシリル! どうか私の番になって!」
ルカリオンがヒューッと口笛を鳴らし、面白そうにアデライドとシリルを見つめている。
ユイと太郎は、相変わらずニコニコと成り行きを見守っていた。
「つ、番になる、とは、その、あの、どういうことでしょうか〜?」
「ああ、人間は番になるという言い方はしないんだったわね。つまりね、私と一緒に魔族の国に行って、そこでずっと一緒にいて欲しいの! 私にあなたの子供を産ませて頂戴!」
「ぐはっ……!」
シリルは驚き過ぎて一瞬心臓が止まった。
止まるかと思った、ではなく、本当に止まった。
「いやあああ! シリル! しっかりして!」
慌てたアデライドがぐらついたシリルの身体を支え、見かねたユイが『治れー』をして、ようやくシリルは意識を取り戻した。
「死ぬかと思った……」
「いや、実際死んだがな。ユイが蘇生の魔法で生き返らせたんだ。感謝しろ」
「え、そうだったんですか〜、ユイ様、ありがとうございます〜」
「いえいえ、どういたしまして」
自分の熱烈な愛の告白が、愛しいシリルをたとえ一瞬でも死に追いやったという事実に打ちのめされたアデライドは、できるだけシリルの心を刺激しないように気をつけて話そうと思った。
「あのね、魔族の国に行くといっても、今すぐってわけじゃないのよ」
アデライドは優しげに微笑みを浮かべ、シリルに刺激を与えないように、清楚で無垢な少女のように振る舞うことにした。
まあ、見た目はユイが言うところの『ホルターネックのビキニにスケスケパレオを腰に巻いた妖艶な美女』なのだが。
「そもそも、人間はすぐには魔族の国に行くことはできないの。魔力酔いを起こしてしまうから。身体が魔力に慣れるために、しばらくはガイアの実を食べて過ごさないと」
アデライド曰く。
魔族の国で暮らせるような身体になるまでにかかる時間は人それぞれであるが。
その方法は同じ。
そう、ガイアの実を食べ、身体を魔族のものに近づけること。
それが、人間が魔族の国で生きていくための唯一の方法だったのだ。
「ルカリオンの番は、一年もの間、ガイアの実だけを食べ続けていたから、もうほとんど魔族と同じような身体になっているはず。ああ、そこの太郎っていう犬もそうね」
「ちょ、待て! アデライド黙れ!」
「えっ? そうなの?」
「ワフッ?」
慌ててアデライドの口を手で塞ごうと飛びかかるルカリオン。
ユイと太郎は、初めて聞かされた事実に驚いて目を丸くした。
「あらやだ、ルカリオンたら。番に何も話してないの?」
「いいから黙れ!」
「ルカ……? 私に内緒にしてることがあるなら、全部話して」
ユイの声は穏やかだったが、その目には有無を言わさないような強い意志が感じられた。
「ユイ……」
憐れな子犬のような目をしてユイを見つめるルカリオンに、ユイがこくりと頷いてみせた。




