11 聖杯の番人 ③
(これは、ガイアの実……!?)
そんな、まさか、いや、でも、これは。
シリルは目の前の実を見つめながら、頭の中で目まぐるしく考えを巡らせていた。
乾燥させた僅かな量の粉でさえ、効果絶大の霊薬とされるガイアの実。
魔族の領域にのみ育つとされているが、ごく稀に、人間の国にも出回ることがある。
だが、その数もせいぜい一つか二つ。
結果、たった一つで小国の国家予算が賄えると言われるほどに貴重な物とされている。
そんなガイアの実が、何故、こんなにも。
籠の中の実をじっと見つめたまま固まって動かないシリルを見て、ユイは『ああ!』と何かに気付いたような声を上げた。
「食べ方がわからないのかな? これはね、こうやって、バナナみたいに剝けるんですよ! うん、美味しい! シリルさんもどうぞ!」
「…………っ!」
金や宝石よりも価値のあるガイアの実を、無造作に頬張るユイ。
しかもユイは、続けてもう一つを手に取り、さっと皮を剥き、足元に控えている太郎に差し出した。
「太郎もどうぞ!」
「ワフッ!」
はぐはぐとガイアの実を食べる太郎。その尻尾が嬉しそうに振られている。
(信じられない、貴重なガイアの実を、い、犬に……!?)
目の間で繰り広げられていることが信じられなくて、茫然自失で固まっているシリルを、ユイと太郎が不思議そうに見た。
「シリルさん? もしかして、これ、苦手でした?」
「い、いえそんな、あまりにも恐れ多くて~」
シリルはゴクリと唾を飲み込み、籠からひとつガイアの実を手に取った。
意外にも、見た目よりもかなりずっしりした重量感がある。
確かに空腹ではあるのだ。
だが、ようやく聖杯と聖女の行方を探し当てた喜びで、どうにも胸が一杯になってしまっていたのだ。
しかも、出されたのはガイアの実だ。
すぐに手が出ないのは、当たり前ではないか。
ユイがやって見せた通りに皮を剥き、おそるおそる齧りつく。
「…………これは!!」
カッと目を見開き、そう叫んだと思ったら、シリルはガツガツと残りの実を夢中で頬張った。
「ね、美味しいでしょう? まだまだ沢山あるから、いくらでもどうぞ!」
その後、ユイにすすめられるまま、シリルはあっという間に五個食べ尽くした。
貴重な実を五個も食べてしまったことに今更ながら思い至ったシリルが、真っ青な顔でブルブルと震え出したので、ユイは窓から庭の『ごはんの木』を指差した。
「シリルさん、見て見て! まだまだ沢山、木に生っているでしょう? 次から次へとできてくるから、いくら食べても無くならないんですよ!」
「つ、次から次へと、ですか~?」
「そうなの。だからね、私達、ずっとこればっかり食べてるのよ。不思議なことに、これを食べてると他の物が全く欲しく無くなるのよね。なんでかな?」
そう言って首を傾げるユイに、シリルは説明した。
おそらく、と前置きをして。
これには人間に必要な栄養素の全てが含まれているのだ、と。
だから、生きていくうえではこれだけで十分なのだ。
尚且つ、高濃度の魔力を摂取したことにより、ごく軽い酩酊状態になり幸福感で満たされる。
その結果、他の物を食べたいと思う気持ちが無くなるのだろう、と。
「わーお! 完全栄養食! これって凄い実だったんだね!」
「ワン!」
自分で説明していて何なのだが。
その解説は、研究者達の予想でしかなかった。今までは。
何故なら、人間が満腹になるまでガイアの実を食べることなど不可能だったのだから。
それどころか、生の実を食べることさえ有り得ないことだった。
乾燥させた僅かな量の粉から、ここまでの推論を繰り広げた研究者達は、どれだけ苦労したことだろう。
かつて魔法使いとしての修行をしているときに師から教わった知識を、我が身で証明する日が来ようとは。
そんな風にしみじみと物思いに耽るシリルだったが。
不意に、全身の毛が逆立つような恐怖を感じ、慌てて扉の方を振り返った。
そこには、小さな子供が立っていた。
見た所、4,5歳くらいの男の子だろうか。
陶器のように滑らかな白い肌に、きちんと梳いた艶のある黒髪。
紅玉のような赤い瞳が印象的な、とても美しい子供だった。
(この子が、先程の聖女様のお話に出てきたルカと言う魔族の子供なのだろうか)
目を凝らしてみると、確かに頭に小さな巻き角がある。
(言葉を一言も話さないそうだが、『ルカ』と名乗ったところを見ると、話せないわけではないらしい。
聖女様曰く、『甘えん坊で愛らしい』子供だそうだが)
目の前の子供は、シリルの方を黙ってじっと見つめていた。
その視線は、『甘えん坊で愛らしい』とは程遠く、『人を射殺すような視線』というのは、こういうことなんだろうなと思えるほど殺気に満ちていたのだった。




