表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/126

第94話 異世界で“砦の門を守る”と誓った日

朝の光が砦の石壁を照らしていた。

 夜露を帯びた石の肌が淡く光を返し、風が吹くたび木の扉が小さく軋んだ。

 完成したばかりの砦は、まるで新しい命を宿したように、静かに呼吸していた。


 広場では、村人たちと元ネストリア兵の姿が入り混じっていた。

 槍の穂先を磨く者、壁の継ぎ目に土を詰める者、子供の笑い声に目を細める兵士。

 誰もが忙しく動いているのに、どこかぎこちなさが残る。

 昨日まで敵だった者たちが、同じ場所で汗を流す――その現実に、心が追いつかないのだ。


 私は砦の門を見上げながら、小さく息を吐いた。

「……形はできた。でも、人の心の壁は、まだ崩れきってはいないのね」


 隣でシエルが腕を組む。

「ふん。壁なんて、壊すより積むほうが簡単よ。けど、積みすぎると自分まで閉じ込める」

「それ、あなたらしい言い方ね」

 思わず笑うと、シエルも照れたように目をそらした。


 そのとき、広場の方で声が上がった。

「おい、待てよ! なんでこいつらにも同じ量のパンを渡すんだ!」

 村の若者の一人が、食料分配をしていた女に詰め寄っていた。

 女の手には干し肉の入った籠。彼の視線の先には、元ネストリア兵の男がいた。

 若者の拳が小刻みに震えていた。怒りと恐れの入り混じった顔で、彼は叫んだ。

「昨日まで俺たちを襲ってきた連中だぞ! なんで同じ釜の飯を食う必要があるんだ!」


 その場の空気がぴんと張り詰めた。

 見ていた子供たちが不安げに顔を見合わせる。

 私は歩み寄り、間に入った。

「……その言葉、間違ってはいないわ」

 若者が一瞬、驚いたようにこちらを見た。

「確かに彼らは、かつて敵だった。命を奪おうとした者たちでもある。

 でも、今ここで彼らがしているのは――その手で命を奪うことをやめ、壁を積み、子供を守り、同じ明日を作ろうとしていることよ」


 若者は唇を噛み、視線を落とした。

 その横で、包帯の兵士――ラスティンが静かに口を開く。

「俺たちは命令に従って動いただけだ……。けれど、それで罪が消えるとは思っていない。

 だからせめてこれからは、誰かを傷つけるんじゃなく、誰かを支える側にいたいんだ」


 彼の言葉に、周囲の人々がゆっくりと息をついた。

 長い沈黙のあと、年配の男がぽつりと言った。

「なら……まずは、腹を満たしてからにしようや。

 空腹のままじゃ、どんな話もまともにできやしない」


 そう言って、彼は焚き火の鍋を持ち上げた。

 中では麦と野菜を煮込んだ湯気が立ち上り、香ばしい匂いが漂う。

 その場にいた誰もが、少しずつ顔をほころばせた。


***


 夕暮れ時、広場の中央に長い木の台が並べられ、炊き出しが始まった。

 村人も兵士も、同じ鍋を囲み、木の椀にスープを注いでいく。

 最初は遠慮がちに座っていたが、子供たちが走り回り、笑い声を上げるうちに空気は和らいでいった。

 木の器を打つ音と、スープの湯気に混じる香草の匂いが、広場を満たしていた。


「おじさん、剣の持ち方教えて!」

「おいおい、そんなに軽く振ると風に流されるぞ」

 ラスティンが笑いながら、木の枝を持った子供に手本を見せる。

 近くにいた母親が微笑み、「……あの人、前よりずっと穏やかな顔ね」と呟いた。


 私は少し離れたところから、その光景を見守っていた。

 シエルが隣で鼻を鳴らす。

「なんか、肩透かしね。戦の準備してるっていうのに、みんな笑ってる」

「いいことよ。戦わずに済むなら、それが一番」

「……でも、それが一番難しい」

 そう呟いたシエルの横顔が、夕陽に照らされて揺れた。


***


 夜になっても、砦の広場には焚き火の灯りが絶えなかった。

 炎を囲みながら、村の若者とラスティンが向かい合って座っている。

 さっきの食料騒ぎの二人だ。

 若者が焚き火の棒をいじりながら、ぽつりと口を開いた。

「……悪かった。お前たちの家族も、俺たちと同じで……誰かを守りたかったんだよな」

 ラスティンはしばらく黙っていたが、やがてうなずいた。

「俺も、お前と同じだ。息子を想う気持ちは、誰にも負けねえつもりだ。

 だからもう、誰かの息子を奪うような真似はしねえ」

 二人は無言で右手を差し出し、固く握り合った。


 その様子を見ていたガルシアが、砦の門の方へ視線を向けた。

 風に揺れる松明の灯りの向こうに、黒くそびえる石門が静かに立っている。

「……この光景を、俺は一生忘れないだろう」

 その呟きは、夜風とともに砦の門へと吸い込まれていった。


***


 翌朝。

 東の空が淡く染まりはじめたころ、私は砦の門の前に立っていた。

 昨日までの騒ぎが嘘のように静まり返り、朝露に濡れた石畳が光を返す。

 集まった人々が私を見つめている。村人も、元兵士も、子供たちも。


 私はゆっくりと口を開いた。

「――この門は、戦のために閉じるものじゃない。

 誰かを閉め出すためでもない。

 ここで暮らすみんなが、安心して眠れるように守るための門よ」


 風が吹き抜け、彼らの衣を揺らした。

「だから――この門を、誰にも奪わせない。

 私たちが守るのは、砦ではなく――“ここに生きる人々の未来”よ。」


 その言葉に、誰からともなく槍の柄が掲げられた。

 木槌を、鍬を、針を、誰もが自分の手にある“仕事道具”を高く掲げる。

 それは戦いの誓いではなく、共に生きる誓いだった。


 朝日が砦の上から差し込み、人々の頬を照らした。

 光の中で、私は心の中で静かに呟いた。


 ――この門は、戦ではなく希望を守るためにある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ