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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第91話 異世界で“砦の設計図”を描いた日

 夏の陽が谷を照らしていた。崖を渡る風は乾いていて、汗をかいた額を撫でるとひやりとした。

 その谷の出口に、ベルデ村、フォルデン村、シオーネ村、さらには捕虜兵たちまでが集まっていた。まるで村の祭りを思わせるほどの人の数だったが、空気は張り詰めていた。これから築かれるのは“未来を守る壁”――関所であり砦だからだ。


 設計図を広げたのは、亡命を決意した元参謀ガルシアだった。粗末な羊皮紙に墨で描かれた線は乱れがなく、軍人らしい几帳面さを感じさせる。

 「入口は一つ。だが中で二手に分ける。片方を封鎖して敵をもう一方へ誘い込み、挟み撃ちにできる構造にする。そして二つの通路の上部は吹き抜けにして、上から攻撃できるようにすれば、こちらの戦力を失わずに相手の戦力を削ることができる。そのため砦の上に上がるための二つの階段を設け、砦の上から監視塔としても機能させる」

 低い声で説明しながら、指先で線をなぞる。


 セムが眉を寄せた。「……なるほど。だが、本当に機能するのか……?」

 「ただの壁よりもずっと戦略的だ」オルネスも腕を組んで頷く。

 一方で大工たちは図面に険しい顔をした。「木でこれを組めと言うのか? 柱だけで支えきれるのか……?」

 ガルシアは首を振った。「違う。今回は石を使う」

 人々がどよめいた。ガルシア自身もまだ驚きを隠せていない。「私は木造を想定していたが……谷の外の崖を見た。石を切り出せば強固な砦になる。真希殿の提案だ」


 私――真希はうなずいた。「木だけじゃ火を放たれれば終わり。石なら耐えられるわ」

 シエルが尻尾を揺らして笑った。「ふふん、木よりずっと骨が折れるわね。でも、石のほうが頼もしいか」

 ダイチは真剣な眼差しで崖を見上げた。「でも、やれる。俺たちでやってみせる」



 最初の作業は崖の上に木橋を渡すことだった。

 「こんな高いところに橋を……!」難民の男が青ざめた声を出す。


 私は足元に落ちていた細い枝を数本拾い、みんなの前で簡単な模型を作った。

 枝を交差させ、互いに押し合うように噛み合わせていく。数本を組み合わせると、不思議と全体が安定して形を保った。

 最後にその上へ小石を載せると、枝の橋は崩れず、自立したまま揺れもしなかった。


 (……小学生のころ、自由研究で割り箸を使って作ったことがあった。釘も糸も使わずに組むだけで自立する――“ダ・ヴィンチの橋”。まさか異世界で、あの工作が役に立つなんて)


 「縄で縛らなくてもいいの。こうして互いに押し合えば、外へ力が逃げず、重みがかかるほど安定するの」

 村人たちは息を呑み、ガルシアが低く唸った。「……自立する橋、ということか」

 「そう。仕組みを工夫すれば、知恵で積み上げるからこそ壊れにくくなるの」


 丸太を二本ずつ交差させ、互いに噛み合わせる。さらに別の丸太を差し込み、押し合いで固定していく。

 釘も縄も使わず、丸太が互いを支え合う形で組まれていくと、不思議なことに全体が一つの梁のように安定していった。

 「お、おい……崩れないぞ!」大工の一人が驚きの声を上げた。

 さらに上に横木を並べると、人が渡れる橋面ができあがった。


 崖の下から見上げる村人たちから拍手が起きる。これで崖の上に滑車を吊るす準備が整ったのだ。



 次に、四つの滑車を用いた垂直揚げの仕組みが設置された。

 「いいか。四つの滑車を組み合わせれば、重さを四分の一にできる。下から力を加えることで石を持ち上げるんだ」

 私は簡単な模型を見せながら説明する。

 トマスが目を丸くした。「俺たちが持ち上げられなかった石を、こんな仕掛けで……」

 「頭を使うんだ」ガルシアが言葉を継ぐ。「腕力ではなく知恵で砦を築く。そういうことだ」



 いよいよ初めての石上げが始まった。

 縄が張られ、人々が掛け声を合わせる。「せーの! せーの!」

 軋む音とともに巨大な石が宙へと浮き上がる。子どもたちが口を押さえて見上げ、大人たちは息を呑んだ。

 「よし、そのまま! 横の縄を引け!」

 石が風に揺れ、位置がずれる。思わず悲鳴が上がった。

 ダイチが咄嗟にロープを引き、石の揺れを抑える。シエルが素早く支えの杭を打ち込む。

 なんとか石は足場に降ろされたが、角が欠けてしまった。

 「ああ……」作業していた者たちが肩を落とす。

 私は声を張った。「失敗なんて当たり前! 諦めない限り、それは失敗じゃない。――まだ成功してないだけよ!」

 その言葉に人々が顔を上げた。再び縄を握り直す。失敗は重かったが、心を一つにする契機にもなった。



 二度目の挑戦。

 今度は石が揺れないよう、横方向のロープを人数倍で制御した。

 「ゆっくり……そう、そのまま……」

 石はまっすぐに吊り上げられ、ガルシアが待つ位置に運ばれた。

 「下ろせ!」

 石が台座に収まり、ガルシアが槌で叩いて音を確かめる。カン、と乾いた音が響いた。

 「いい音だ。しっかりはまった」

 その瞬間、歓声と拍手が湧き起こった。子どもたちは跳びはね、大人たちは抱き合った。

 初めての石が積まれたのだ。未来が目に見える形になった瞬間だった。



 夜、焚き火を囲んで人々は語り合った。

 「俺たちの手で砦を築くんだな」

 「ネストリアに縛られず、自分たちで守る砦を」

 捕虜兵たちも輪に加わっていた。ラスティンが小さく呟いた。「これほどの技術を、俺たちは一度も知らされなかった……家族を守ることより、命令に従うことを優先させられてきたんだ」

 デルナが火を見つめて言った。「命じられて作る壁と、自分たちを守る砦は違う」

 トマスは拳を握り、「今度は家族のために、この手を使いたい」と言った。

 彼らの言葉に、村人たちの心も揺れ動いていた。昨日までは敵だった兵が、今は隣に座っている。不思議と拒絶感はなく、むしろ同志のような連帯感が芽生えつつあった。



 私はふと崖の上を見上げた。松明の灯りが橋と滑車を照らし、黒々とした石が静かに積まれている。

――これが始まりだ。

 今日積まれたのはわずか一段。それでも、確かな一歩だった。

 心臓が高鳴る。ここに砦が完成すれば、ネストリアの干渉を防ぎ、自治区の未来を守る壁となる。

 だが同時に、その存在が新たな火種になるのも分かっていた。


 焚き火の熱が頬を照らす。潮の匂いと石の粉塵が混じった空気を吸い込みながら、私は心に誓った。

 「必ず、積み上げる。この砦と、未来を」


 夜空に火の粉が舞い、星々がその誓いを見守っているように輝いていた。

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