第8話 異世界の森に、文明を
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1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。
異世界に来て、もうどれくらい経っただろう。
気づけば森での生活にもずいぶん慣れてきた。狩りと採集を繰り返し、火と塩と安全な寝床を確保した今、次に私が求めたのは「快適さ」だった。
「さて……そろそろ水場から水を引きたいわね」
つぶやきながら、私は地図代わりの頭の中の地形を思い浮かべる。私たちのキャンプ地は沢から少し距離があり、水を汲むのも一苦労だった。何より不便だ。
私は森を歩きながら、自然の傾斜と地形を注意深く観察した。そして、小さな沢からキャンプ地まで、ゆるやかな傾斜が続いていることに気づく。
「これなら……重力で水が流れるはず」
独り言のように口にすると、横を歩いていたダイチが小首をかしげ、シエルは興味なさそうに鼻を鳴らした。
問題は、水路をどう作るかだった。木の樋では腐るし、土を掘っただけでは崩れてしまう。そこで私は、文明の力――いや、科学の知識を使うことにした。
「コンクリートを作ろう」
科学雑誌で得た知識が、頭の中で蘇る。コンクリート材料は、主にセメントの原料である石灰と火山灰、それに粘土そこに砂利や砂を混ぜてできている。魔物の骨に含まれる炭酸カルシウムを焼けば、生石灰(酸化カルシウム)になるはずだ。
私はこれまでの狩りで手に入れた骨を乾かして砕き、焚き火にくべて強い火力で焼いた。風を送りながら数時間、骨の色が白く変わるまでじっくりと焼成する。
「……ここまでで、生石灰は完成」
呟きながら、灰を取り出す。その灰に水を加えると、じわっと反応して熱を帯びてくる。
「うん、消石灰になったわね」
そこに、土や灰を混ぜて粘性を調整する。こうしてできたのが、簡易的なコンクリートだった。
材料はすべて現地調達。かつての文明には及ばないけれど、私たちには十分すぎる進歩だ。
「これで、水路が作れる」
私は木の板を使ってU字型の型枠を組み立て、そこにコンクリートを流し込んでいった。何本も作って乾かし、それらを連結させて水を通す。
次に作ったのは、即席の水準器。
正三角形の木枠の頂点から糸を垂らし、先端には小さな錘。底辺の中心に印をつけ、そこから糸がどれだけずれているかを見ることで傾斜を測れる。簡単な道具だけど、地味に重要だった。
この水準器を使いながら、一本一本の水路の傾斜を確認し、コンクリートのU字側溝を並べていく。繋ぎ目には追加のセメントを塗って固定した。
数日後、側溝が乾いて固まったのを確認し、沢から水を引く作業に取りかかる。
「……流れた!」
小さなU字側溝を通って、清らかな沢の水がキャンプ地まで届いた。その様子を見ながら、私は思わず小さくガッツポーズをする。
「異世界の森に、水道が通った……!」
文明の第一歩。たったこれだけのことで、生活がぐっと豊かになる。焚き火のそばで水が手に入るだけで、料理も掃除も格段に楽になるのだ。
ただし、コンクリートは万能じゃない。たとえば――風呂を作ろうとしたとき。
コンクリートで作った湯船を薪で熱したら、内部で水蒸気が膨張して……
「ボンッ!」
派手な音とともに湯船は崩壊。飛び散る湯と瓦礫に呆然と立ち尽くす私を、シエルとダイチがしれっとした顔で見ていた。
「……これはこれで、いい教訓ね」
私はため息混じりに言いながら、髪についた灰を払った。
こうして私はまたひとつ、この異世界の森に「文明」を持ち込んだのだった。
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