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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第88話 異世界で“潮風に紛れた影”を見た日

潮風が頬を撫でる中、私たちは再びシオーネ村を訪れた。

 ベルデ村からはセムと数人の大工、フォルデン村からはオルネスとミレナ、さらに漁に慣れた若者たちが同行している。川と海に暮らす彼らの経験は、この村にとって大きな助けになるはずだった。

 海辺の新しい仲間――自治区の一部として正式に認められたシオーネ村を支えるための援助隊だった。


 荷車には干し肉や麦袋、布、木材などが積まれている。

 焚き火の前に並べると、難民たちの目が驚きに見開かれた。

「……こんなに……」

 リサナが子を抱きしめたまま、声を震わせる。



 物資の受け渡しが終わると、今度は技術の伝授が始まった。

 ベルデ村の大工は、壊れかけた家を見て、修繕の仕方を丁寧に教える。

 フォルデン村の若者は、魚を開いて海水に浸し、天日で干す保存食の作り方を実演した。

 子どもたちがきゃあきゃあと手を叩きながら真似をし、大人たちも熱心に耳を傾けている。


 私は潮の満ち引きを利用した魚捕りの仕掛けを提案した。

「満ち潮のときに石を並べて道を作っておくの。潮が引く前に入り口を石で塞ぐと魚が取り残されて、潮が引けば簡単に捕まえることができるわ」

 実際に浜辺で石を積み、簡単な模型を作ってみせると、ドランが目を丸くする。

「網がなくても魚が獲れるのか!」

「ええ、潮の力を借りるの。毎日働いてくれる罠みたいなものよ」

 彼の頬に久しぶりの笑みが浮かんだ。


 リサナも小さく頷いた。

「これなら子どもたちも手伝えるわね。……失った日々は戻らないけれど、あの子たちが笑って魚を抱えられる日が来るなんて」

 その目には確かな光が宿っていた。



 やがて、支援の場は小さな宴のようになった。

 魚が焼かれ、粥が振る舞われ、潮風に混じって笑い声が広がっていく。

 セムは焚き火のそばで言った。

「これからは、互いに支え合って進むんだ。ここも、もう自治区の仲間だからな」

 その言葉に人々はうなずき、子どもたちは歌を口ずさみながら駆け回った。


 リサナは焚き火の光の中で夫と顔を見合わせる。

「ここで……やり直せるのね」

「そうだ。俺たちは漁師だ。舟を作れば、きっとまた海に出られる」

 彼の声は低く、それでいて揺るぎない決意を帯びていた。



 夜。

 私は砂浜に立ち、寄せては返す波の音を聞いていた。

 月明かりに照らされた海は静かで、村の焚き火がちらちらと揺れている。


 ――そのときだった。

 崖の上で、何かが動いた。

 闇の中にわずかな影が揺れる。


「……誰かいる」

 シエルが耳を動かし、低く呟いた。

 ダイチが剣に手をかけ、影を凝視する。

 岩陰に数人の影が立ち、こちらを見下ろしていた。

 攻めてはこない。ただ、遠巻きに監視している。


 私は息を呑み、背筋に冷たいものを感じた。

 ――あれは……ネストリアの兵だろう。



 翌朝、セムとオルネス、ミレナに報告した。

「兵が攻め込まぬのは、まだ様子を窺っているからだろう」

 オルネスの声は硬い。

「だがこれは、やがて圧力に変わる。砦の必要性はますます大きいな」


「……このまま放置するのは危険ね。ベルデ村に早急に報告して、警戒を強めてもらいましょう。砦の工事も一刻を争うわ」

 私の言葉にセムがうなずき、すぐに伝令を出す準備を始めた。


 村人たちの表情に、不安と緊張が広がった。

 昨日までの喜びは消えない。だが同時に、避けがたい現実が迫っている。



 干物を吊るす子どもたちの笑い声。

 家を直す大工の手。

 漁に出る日を夢見て語り合う大人たち。


 その全てを見守るように、崖の上にはなお、監視を続ける兵士の影があった。


 ――祝祭の温かさの裏で、潮風に紛れて嵐が忍び寄っている。

 そう胸の奥で呟かずにはいられなかった。

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