第7話 俺は2度異世界転生した
焚き火の火がゆらゆらと揺れている。
温かくて、優しくて、眠気を誘うリズム。
その横には、真希とシエルが静かに座っている。
「……俺、ほんとに今、幸せだな」
そんなことを思いながら、俺はまぶたを閉じた。
昔のことを思い出す。
俺は、生まれてすぐに人間に拾われた。
優しい声、あったかい毛布、美味しいごはん――
たった数か月だったけど、あの時間は、本当に幸せだった。
でも、ある日、飼い主は言った。
「ごめんね、引っ越し先には連れて行けないんだ」
俺は山へ連れていかれ、木にリードで繋がれた。
「すぐ戻るからね」って言葉を最後に、姿は見えなくなった。
待った。
何日も、何度も。
でも、戻ってこなかった。
リードを噛み切るのには時間がかかった。
口の中は血だらけになって、それでも噛んだ。
自由になったとき、足は震えていたけど、もう止まってなんかいられなかった。
喉は乾いて、腹は減って、体も心もボロボロだった。
でも、不思議と、あの人を恨む気にはなれなかった。
たぶん、あの人なりに苦しかったんだと思う。
首輪はいつの間にか取れていた。
昔の名前も、思い出そうとすると霞がかかったみたいに、ぼやけてしまう。
そんなある日、山の中で焚き火の匂いが漂ってきた。
近づいてみると、そこにいたのが……真希だった。
「おいで」と手を伸ばしてくれたその瞬間。
ああ、この人なら大丈夫かもしれない――って、心のどこかで思った。
でも、もうひとつの視線があった。
真希の隣には、鋭い眼差しの猫……シエルがいた。
その視線は、明らかに「ここに入ってくるな」って言っていた。
縄張り意識か、それとも真希を守ろうとする本能か――
理由は分からなかったけど、あのときの空気は冷たかった。
だけど、俺は逃げなかった。
またひとりになりたくなかった。
何度か顔を合わせているうちに、シエルの態度は少しずつ変わった。
威嚇もしなくなったし、目も合わせてくれるようになった。
ある日、一緒に焚き火の前でうたた寝したとき、ようやく“仲間”になれた気がした。
「茶色い毛並み、なんか大地みたいだね……そうだ、“ダイチ”ってどう?」
真希がそう言って、俺に名前をくれた。
“ダイチ”。
その名前を聞いた瞬間、心にぽっと灯がともった。
昔の名前はもう忘れた。思い出せない。
でも、もういい。この名前が、俺の今のすべてだ。
異世界に来て、人の姿になった。
強くなったかもしれないし、戦えるようにもなった。
でも、それ以上に――俺は今、ここに“いられる”。
それが何より、嬉しい。
俺は2度、異世界転生した。
1度目は、山の中で真希と出会って、新しい名前をもらったとき。
2度目は、この世界で、再び真希と生きると決めたとき。
焚き火の向こうで、真希が笑っている。
その横には、少しクールだけど、あったかいシエルがいる。
俺は、もうひとりじゃない。
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