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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第76話 異世界で“山と森と村”をつなぐ道

 鉱山都市の夜は、まだ酒と歌の余韻を引きずっていた。

 だが翌朝、広場に立った若い鍛冶師エリンの声は、その空気を一変させた。


「俺は……外の世界を見てみたい。人間たちと交流して、色々と学んでみたいんだ!」


 その言葉に、集まったドワーフたちは一斉にどよめく。

「人間と交流だと?」「若造の戯言だ! そんなことをして何になる?」

 反発の声が次々と上がった。


 だがグラムが一歩前に出て、まだ力の戻りきらない右腕を掲げた。

「今回ワシはエルフに協力を得て救われた。今まででは考えられんことだ。若い者が外で学び、新しいものを持ち帰るなら……それは我ら全ての力になる」


 その一言に広場が静まる。

 マルダも腕を組みながら口を開いた。

「未来は若者に託すものよ。あの子が行きたいのなら、背を押してやるのがドワーフの粋というものじゃない?」


 しばらく沈黙が続いた後、誰かが低く呟いた。

「……ならば、行ってみろ。だがドワーフの名に泥を塗るようなことはするなよ」

 やがて他の者たちも渋々頷き、空気はようやく落ち着いた。


 エリンの瞳には興奮と決意が宿っていた。

「必ず学んで、ここに持ち帰る。俺は、そのために行く!」



 私たちは、グラムとエリンと共に鉱山都市を発ち、森の奥――エルフの集落を訪れた。

 出迎えたのは、以前に研究小屋で知識を授けてくれた学徒フェリンだった。


「……治療が成功した、だと?」

 驚きに目を見開く彼に、私はグラムの腕を実際に動かしてみせた。

 筋力はまだ戻っていないが、砕けて動かなかったはずの指が確かに握られている。


「毒を治癒に使うなんて、前代未聞だ……」

 フェリンは苦笑しつつも、真剣な眼差しで頷いた。

「だが事実は事実だ。種族を超えて知を合わせた証でもある。いろんな意味で我々は考え方を変えなければならない」


 グラムも不器用に頭を下げる。

「……恩は忘れん。……感謝する」


 その姿に、エルフたちの険しかった表情がわずかに和らいだ。

 小さな一歩ではあるが、確かに和解の兆しが芽生えていた。



 川辺の拠点に戻ったのは数日後だった。

 しばらく空けていたせいで、水路は落ち葉で詰まり、畑は雑草が伸び放題だった。


「まずは片付けだな」

 ダイチが腕をまくり、鍬を振るう。

 シエルは水路に入り、冷たい川水を掻き出す。

 私は畑を耕し直し、エリンは慣れない手つきで道具を運んだ。


「……不思議だな」

 彼は汗を拭いながら呟いた。

「鍛冶場しか知らなかった俺が、畑を耕してるなんて。でも……悪くない」


 その笑顔に、私は小さく頷いた。

 ――技術を広めたいという彼の想いは、本物だ。


 夜、焚き火を囲んで簡単な食事をとりながら、私たちはこれからについて話し合った。


「ワシは工房に帰る。エルフに礼も言えたし、腕も鍛えなければならんしな」


 その言葉に私は頷き、袋を手に取った。

「そうだ、これをあなたにあげるわ」


 そう言って、袋の奥から慎重に取り出したのは、ミスリルリザードの頸椎――時間をかけてオリハルコンへと変質した、銀青の光を帯びる欠片だった。

 焚き火の炎を映し、金属とも宝石ともつかぬ輝きが広場を照らす。


 グラムの目が大きく見開かれる。

「それは……良いのか? ワシに?」


 普段は寡黙で頑固な職人の声が、少年のように震えていた。

 固く閉ざされた彼の心が、その光に照らされて解けていくのがわかる。


「私たちが持っているより、あなたに使ってもらったほうが素材も生きると思うの。それに、夢だったんでしょ?」


 私は微笑んで答えた。

 その瞬間、グラムは炎に照らされた顔を伏せ、唇を強く噛んだ。

 職人としての誇りと、叶えられなかった夢が一気に胸に溢れ出したのだろう。


「俺たちではまだうまく扱えない。暁のメンテナンスで手一杯だからな」

 ダイチが補足するように言うと、焚き火の赤がグラムの頬の涙を静かに照らし出した。


 その時、隣に座っていたエリンが、堪えきれずに前へ身を乗り出した。

「……師匠。俺、ずっと見てきました。あなたが夢を諦めかけていたのも、腕を失って絶望していたのも。だから……この瞬間を見られて、本当に嬉しい」


 若い弟子の声も震えていた。尊敬と感動とが入り混じり、今にも涙に変わりそうな眼差しがグラムに向けられる。

 その思いを受け取るように、グラムの大きな手が震えながら伸び、私の掌からオリハルコンをそっと受け取った。


 硬い指先に包まれた瞬間、まるで長年探し求めていた魂の欠片を手にしたかのように、彼の目尻から光るものがこぼれ落ちた。


「……ありがたく、受け取らせてもらう」


 嗚咽混じりの声だったが、その瞳には確かに希望の炎が灯っていた。

 頑固一徹の名工が涙を隠さずに見せた姿に、焚き火の周りの空気がひときわ温かくなった気がした。


 焚き火の赤い炎と、オリハルコンの銀青の輝きが並んで揺れ、夜空に二つの光が共に瞬いているように見えた。

 それはまるで――過去の夢と未来の希望が、ひとつの場に重なった証のようだった。


「俺たちはベルデ村だな」

 ダイチが言うと、シエルも頷く。

「まずはあの村から始めるのが一番ね」


 私は焚き火の炎を見つめながら言った。

「鉱山と森、そして村をつなげば、この辺境全体が変わっていく。……その橋渡しを、私たちが担うのよ」


 皆が静かに頷いた。



 翌朝、旅支度を整え、拠点を後にする。

 川のせせらぎと、煙の匂いが背後に遠ざかっていく。


 私は一度だけ振り返り、心に刻む。

「また必ず戻ってこよう」


 そして前を向いた。

 道の先には、ベルデ村の風景が待っている。


 山と森を結んだ私たちの旅は、今度は村との新しい道を切り拓こうとしていた。


 ――その頃、神界。


 白亜の大広間に、神々の声が響き渡っていた。

 高い円卓の中央で、月光を纏う女神ルナリアは肩をすくめていた。

 戦神が机を叩き、雷鳴のような声を轟かせる。

「エルフの集落に続き、今度はドワーフの都市にまで信仰が広がった! 一体どういうつもりだ!」


「わ、私だって望んでないわよ! 勝手に真希たちが……」

 ルナリアは必死に弁解するが、知恵の女神が冷ややかに告げる。


「“勝手に”では済まされない。神の名を借りた信仰は、世界の均衡を揺るがすのよ」


 その時、重厚な声が場を制した。

「……ルナリア……またお前か。なぜこうも次々と火種を撒くのだ。エルフに続き、今度はドワーフか」


 ルナリアは小さく身を縮める。

「わ、私のせいじゃ……。ただ、ちょっと名前を呼ばれただけなのに」


 上司は深く息を吐き、額に手を当てた。

「言い訳は聞き飽きた。女神の名は軽くない。お前の軽率さがどれだけ影響を与えるか、分かっているのか」


 会議の視線が一斉に突き刺さる。

 ルナリアは唇を尖らせ、視線を逸らした。


「……どうしてこうなるのよ。ほんとに……」


 だが、胸の奥底では――信仰が広がっていくことに、ほんの少しだけ誇らしさを覚えている自分に気づいてしまう。

 それを悟られぬよう、ルナリアは大きくため息をついた。


 ――こうしてまた、神界の会議で女神ルナリアはつるし上げを食らうことになったのだった。

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