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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活

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第6話 私は2度異世界転生した

アクセスしていただきありがとうございます。

1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。

夜の森は、静かだった。

 焚き火の音が、ぱちぱちと穏やかに響いている。


 その隣で、真希が眠っている。火の光に照らされた顔は、昼の冷静さからは想像できないほど、穏やかだった。


 私はその横で目を閉じながら、耳を澄ませる。風の音、獣の気配、木々のざわめき……そして、彼女の静かな寝息。

 ここは異世界。けれど私にとって、あの人がいる限り、それがどこであっても――居場所だった。


 私は猫として生きてきた。人間に飼われたことも、触られたこともない。

 人に心を許すことなど、ないと思っていた。


 でも、ある日、彼女が現れた。


 最初は遠くから見ているだけだった。

 彼女は山奥のキャンプ地に、何度も現れた。ひとりで。誰とも話さず、道具を静かに並べて、焚き火を起こしていた。

 人間なのに、どこか人間らしくない孤独さが、私には妙に気になった。


 ある日、私は思い切って近づいた。

 彼女は驚きもせず、ただ「また来たの?」と静かに笑った。

 それは、獲物を見つけた時の笑いではなかった。私を“そこにいるもの”として、受け入れた笑みだった。


 私の脚には、あの頃ついた傷跡がまだうっすらと残っている。


 ……あのとき、私は薄暗いケージの中に閉じ込められていた。

 狭くて湿った床、鼻を刺すアンモニア臭、そして何より、空腹と孤独が常にそこにあった。


 声を出しても誰も来ない。来るのは、餌を無造作に投げ入れる手だけ。

 私はただ、じっと、ただ時が過ぎるのを待っていた。


 ある日、ほんの一瞬、金網の留め具が緩んでいるのを見つけた。

 私は躊躇わなかった。

 自分の身をすり抜けさせ、痛みもかまわず駆け出した。


 どこかへ逃げなくちゃ。――ここでは、もう、生きられない。


 無我夢中で山に入った。

 森は、自由の匂いがした。けれど同時に、危険もあった。

 何日もまともに食べていなかった身体は、思うように動かなかった。

 そして、気づいたときには……罠にかかっていた。


 鋭い金属の輪が足を締めつけ、動けば動くほど肉が裂けた。

 私は声を上げることすらできなかった。ただ、震えて、そこに倒れていた。


 それを見つけたのが、彼女――真希だった。


 彼女は私を見つけても、騒がなかった。

 道具箱を静かに取り出し、罠を外して、添え木をして、包帯を巻いてくれた。

 無言で。命令せず、急かさず、ただ淡々と処置してくれた。


 その日から、私は彼女のキャンプ地に通うようになった。

 彼女の横で眠り、彼女が口にする独り言を、ただ聞いていた。


 理解はできなかったけど、言葉の端々に込められた疲れや優しさは、よく伝わってきた。


 ある晴れた初夏の午後。

 彼女は私の目を見て、ふっとつぶやいた。


「空みたいな色だね。……そうだ、“シエル”ってどう? フランス語で空って意味なの」


 その言葉が、私に“名前”というものを与えた。

 “シエル”。

 それは私にとって、生まれ変わった瞬間だった。


 私は二度、異世界に来た。


 一度目は、この世界ではなく、彼女の世界で。

 心を閉ざしていた私が、人間に心を開いた日。

 そして二度目は、この異世界。

 彼女とともに、この見知らぬ土地を生きるために、人の姿になった。


 ただ、彼女と生きたい。

 彼女が笑う姿を、もう一度、そしてこれからも見ていたい。

 それだけだった。


 炎が小さくなっていく。

 夜の静けさに包まれながら、私はそっと毛づくろいをするふりをして、真希の足元に身を寄せた。

 この温もりを、忘れたくなかった。


 ──たとえ、この世界がどれほど危険でも。

 私は、彼女とともに在る。

この作品は「カクヨム」にも掲載しています。そちらでは先行公開中ですので続きが気になる方は是非ご覧ください。

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