第61話 異世界で“砂鉄の力”をドワーフに証明した日
夜が明けると、工房の庭にはすでに人だかりができていた。
弟子や職人たちだけでなく、近隣のドワーフたちまでが詰めかけ、土で作られた粗末な炉を取り囲んでいる。
半信半疑、いや大半は冷笑に近い視線だった。
「どうせすぐ崩れる」
「砂なんぞで鉄が出るなら、俺たちの仕事はとうに無くなってる」
そんな声が飛び交う中、ただ一人グラムだけが腕を組み、静かに炉を見据えていた。
「言いたいことがあるなら――結果で示せ」
その低い言葉に込められた重さに、周囲のざわめきが一瞬止む。
「砂鉄と炭を交互に入れるの。空気はふいごで絶やさず送り込む」
私は炉の前に立ち、改めて手順を示した。
ダイチがふいごの取っ手を握りしめ、力強く押し始める。
ごう、と空気が送り込まれ、炉の中で火が唸った。
赤い炎が勢いを増し、粘土の壁がぱちぱちと音を立てる。
「……崩れるぞ!」
嘲笑混じりの声が上がったが、私は首を振った。
「持つ。まだ大丈夫」
ダイチがちらりとこちらを見た。不安と期待の入り混じった視線。
「続けていいか?」
「ええ。リズムを崩さないで」
頷いて返すと、彼は再び汗をにじませながらふいごを押し続けた。
砂鉄と炭を交互に投入するたびに炎が高くなり、炉の口から赤い閃光が漏れ出す。
熱で肌が焼けるように痛い。粘土の壁にはひびが走るが、まだ崩れはしない。
数時間が過ぎた頃、炉の下部から変化が現れた。
ごろり、と黒く光る塊が崩れ落ち、炉の隙間から赤熱したどろりとした塊が覗いた。
「……やっぱり……できるんだ……! 信じてましたけど……本当に鉄が……!」
エリンは目を見開き、震える声で叫んだ。
「師匠! これが証拠です! 砂鉄から、本当に鉄が生まれたんです!」
群衆が一斉にざわめいた。
「馬鹿な……!」
「本当に……砂から……?」
嘲笑は消え、驚愕と動揺だけが広がっていく。
ただ一人、グラムだけが眉を寄せ、炉の奥を食い入るように見つめていた。
炉の壁を壊し、赤く光る塊を取り出す。
息を呑む群衆の中で、ダイチが一歩前に出た。
ハンマーを振り下ろすたびに、不純物の滓が弾け飛び、鉄の芯が姿を現していく。
澄んだ音が庭に響いた。
その瞬間、誰もが声を失った。
「砂から……本当に鉄が……!」
震える声がどこからともなく漏れ、それが合図のようにざわめきが広がった。
グラムがゆっくりと前に出た。
無言で鉄の塊を持ち上げ、重みを確かめるように掌で転がす。
ごつごつした顔に深い皺が刻まれ、唇がわずかに震えていた。
「……確かに鉄だ。砂から鉄を生み出すとは……」
その低い声には驚愕と、押し殺しきれぬ興奮が混じっていた。
グラムの言葉を聞いた瞬間、エリンの目に涙がにじんだ。
しばし沈黙したのち、グラムはゆっくりと頷いた。
「……工房に来い。続きはそこで話す」
炉の残骸から立ち上る煙を見つめながら、私は深く息を吐いた。
笑われても構わない。結果が出れば、誰も否定はできない。
――こうして私たちは、ドワーフたちに砂鉄の力を示したのだった。




