第57話 異世界で“砂鉄の刃”を見せたら、ドワーフが驚いた
森の奥へ足を進める日々が続いていた。
田植えを終え、私たちは新たな拠点を求めて森を調査している。川筋をたどりながら地形を確かめ、食料や薬草が確保できるか、そして人の目を避けられる場所かどうか――条件は多い。
「そろそろ日も傾くな」
ダイチが荷を背負い直し、木漏れ日の先を見やる。
「川沿いなら、もう少し進んでも安全だと思う」
シエルが続ける。
私は頷きかけて、ふと足を止めた。
――聞き慣れない金属音。
ガン、ガン、と岩を割るような音が、森の斜面から響いてくる。
「……人の気配?」
シエルが耳をそばだて、尻尾を揺らした。
音の方へ近づくと、灰色の岩肌を前に背の低い影が立っていた。手には小ぶりのハンマーと鑿。背中には厚手の皮のエプロン。
「……ドワーフ?」
思わず口に出した瞬間、その影がこちらに振り向いた。
赤銅色の髭を短く刈り、瞳は明るい琥珀色。若々しい顔立ちだが、腕には鉱石を打ち砕いてきた力強さが宿っている。
「人間……? こんなところに?」
彼は目を丸くしたが、怯える様子はなく、逆に興味深そうに私たちを見つめてきた。
「俺はエリン=バルネス。鉱石を調べに来たんだ。……お前たちは旅人か?」
「ええ。拠点を探して森を見て回っていたの」
私が答えると、彼は顎に手を当て、じっとこちらを見た。
その視線がダイチの腰へ落ちる。
「……その刃物。ちょっと見せてくれないか?」
ダイチが無骨なナイフを抜き、慎重に差し出す。
エリンは受け取るなり目を見開いた。
「鉄……? いや、鋼に近い。だけど……そう簡単に鉱石が手に入るはずがない」
「鉱石じゃない。川底に溜まる砂鉄――黒い砂を集めて炉で溶かしたの」
私が口にすると、エリンは一瞬、言葉を失った。
「砂鉄……? まさか……」
「川底に沈んでいる重い粒。あれが鉄の正体よ」
次の瞬間、エリンの顔色が変わった。
驚愕と好奇心、そして信じたくないという拒絶が同時に押し寄せている。
「砂に……金属が眠っていたなんて……! 馬鹿な、そんなはずが……!」
彼は震える指でナイフを光にかざし、刃先を爪で叩く。澄んだ音が響くたびに、彼の表情はますます崩れていった。
「……間違いない。本物だ。鉱脈を掘らずに、砂から鉄を……? こんなこと、ドワーフの歴史にすらない……!」
横でダイチが少し肩をすくめる。
「俺が叩いたんだ。真希に教えてもらってな」
エリンははっと顔を上げ、瞳をぎらぎらと輝かせた。
それは、長年信じてきた常識を打ち砕かれた者の、畏怖と渇望が入り混じった眼差しだった。
「すごい……! いや、恐ろしい……! これを知ったら……世界が変わる! 師匠に見せなければ! 砂から鉄を生み出す人間がいるだなんて、誰も信じない。けど、これを見れば……!」
「師匠?」
「グラム=ドルガン。俺の師匠で、俺の都市一番の鍛冶師だ」
エリンは誇らしげに胸を張ったが、その声は震えていた。
「頼む! 工房まで来てくれないか? 砂鉄の話を、師匠にも聞かせたい!」
私たちは視線を交わし合った。
「どうする?」シエルが小声で聞く。
「……調査の途中だけど、ここまで来たのも縁だ」私は答えた。「砂鉄から鉄が作れると知れば、彼らとの交流の道が開けるかもしれない」
エリンは息を荒げ、今にも駆け出しそうな勢いでこちらを見ている。
――私たちは頷き、彼の案内を受け入れた。
森を抜けると、岩山の麓に広がる街が姿を現した。
煙突から立ちのぼる煙。あちこちから響く金属を打つ音。
そこは、鉱山都市オルディン――ドワーフたちの暮らす場所だった。
「さあ、ついてきてくれ! 師匠に、この刃を見せよう!」
エリンの声には、抑えきれぬ熱がこもっていた。
こうして私たちは、名工グラムとの邂逅へと足を踏み出したのだった。




