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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第53話 異世界で“初めての鉄”を生み出した日

 夜明け前の森は白い霧に覆われていた。湿った土の匂いと、冷たい空気が肺を刺す。

 その静けさを破るように、ベルデ村とフォルデン村の人々が次々と炉の前に集まってきた。

 昨日まで土と粘土の塊にしか見えなかった炉は、今朝はどこか不思議な存在感を放っている。今日、この炉に火が入る。初めての鉄を生み出すために。


 前夜から見張りをしていたリュカとバルスが駆け寄ってきた。

「異常なし。火種も問題ない」

 二人の声は疲れているが、どこか高揚している。


 集まった村人たちは落ち着かずにざわめいていた。

「本当に、あの黒い砂が鉄になるのか?」

「もし失敗したら……」

 誰もが期待と不安を胸に抱えている。


 私は一歩前に出て声を張った。

「今日が挑戦の日です。成功するかは分かりません。でも、この火を見届けてください。鉄は人の手で作り出せるものだと、きっと証明できます」


 少し間を置き、村人たちを見渡す。 期待、不安、疑念様々な感情が入り混じっていた。  場の雰囲気を前向きにするにはあと一押し必要だ。


「失敗を恐れなくていいんです。これは新しい挑戦なのだから、たとえ上手くいかなくても失うものはありません。諦めなければ、それは失敗ではなく“まだ成功していない”だけで次に活かせばいいんです」


 その言葉に、人々の表情が少し和らぎ、胸の奥に小さな火がともったのを感じた。


 その横で、ダイチが小声で確認してきた。

「……手順は、まず炭を入れて、ふいごで温度を上げてから砂鉄、で合ってるよな?」

「ええ。慌てないで、順番を守れば大丈夫」

 私は頷く。彼の目には不安と同時に確かな興味が宿っていた。――学びたい、掴みたい、そんな欲求。


 最初に炉の底へ炭を入れ、火打ち石で火を移す。ぱちりと乾いた音がして、小さな炎が粘土の隙間を照らした。

「ふいごを押して。一定のリズムで」

 私が合図を送ると、村の若者が手押しのふいごに取り付き、ぎこちなく押し始める。


 ごう、と低い音が響いた。炉が呼吸を始める。

 しかしすぐに押し方が乱れ、火が揺らいだ。

「焦らないで。同じ速さで、同じ力で」

 私は声をかける。

 ダイチも隣で「呼吸を合わせるんだ。吸って、吐いて、一定で」と補足する。

 若者たちは顔を赤くしながら必死にふいごを押した。


 炎は徐々に大きくなり、赤から白へと色を変えていく。炉口から吹き出す熱気に、村人たちが思わず後ずさる。


「温度が十分に上がった。砂鉄を少し入れるよ」

 私は袋から黒い砂を掬い、炉口に滑らせた。

 ジュッ、と鋭い音とともに白い蒸気が立ち上る。村人たちが一斉に息を呑んだ。

「これが……鉄になるのか?」

「黒い砂が……炎に飲まれたぞ」


 しかし緊張の中、ふいごを押す手が次第に弱まり始めた。交代が遅れ、送風が乱れる。炎がしおれていく。

「真希!」

 ダイチが小声で呼ぶ。

 私は即座に判断する。「リズムを戻して! 炭を追加して!」

 慌てながらも、若者たちは炭を投入し、ふいごに全力を込めた。


「……ちょっとだけ手助けしてあげる?」

 後ろからシエルが声をかけ、指先に風の渦を生む。

「リズムを取り戻すまでお願い」

 炉の中の炎が一瞬だけ持ち上がり、落ちかけた温度を取り戻す。

「ありがとう。でもこれ以上は人の手で続けなきゃ」

 私の言葉にシエルは肩をすくめて笑い、魔力を解いた。


 作業は延々と続いた。砂鉄を加え、炭を足し、ふいごを押し、交代する。

 汗と煤で誰もが顔を黒くし、腕は震え、息は荒い。

 しかし炎は確実に炉を満たし、内部で音が変化していった。

「……音が違う」

 村人の誰かが呟く。


「滓(けらの不純物)を出すよ」

 私は合図し、炉下の栓を木の棒で突く。

 ぼふっ、と音を立てて黒く粘ついた液体が溢れ出した。熱気が地面を焦がし、村人たちが思わず後退する。

「これが不純物……。うまくいってる」

 安堵の声を漏らした私に、ダイチが嬉しそうに笑った。


 さらに時が過ぎ、炉の唸りが大きく変わった。

「……そろそろだ。壁を崩す準備」

 ダイチが私に視線を送り、私は頷いた。


 若者たちが木槌と木杭を運び、粘土壁に打ち込む。硬く乾いた壁に杭を叩きつけ、何度も槌を振る。

 やがてぱっくりとひびが走り、壁が崩れる。

 その奥から、赤白く輝く塊が姿を現した。


「……あれが……!」

「鉄、なのか……?」

 誰かが呟いたが、誰も確信は持てない。ただ、そこに人の手で生まれた“未知の塊”があった。


 沈黙を破るように、歓声が爆発した。

 声を上げて歓喜する者、煤だらけの顔で笑う者。

 バルスが光の塊を見つめて呟いた。

「俺たちの掘った砂鉄が……本当に形を変えたんだ」

 彼の言葉に、フォルデン村の若者たちが誇らしげにうなずいた。


「けらを叩いて、表面の滓を落とそう」

 ダイチが槌を手に取り、私に視線を向ける。

「合ってるよな?」

「ええ。鉄の芯を締めるの」


 大槌がけらに振り下ろされる。

 ぼふっと滓が飛び散り、次第に鈍い音が澄んだ響きへと変わっていく。

 村人たちはその音に耳を澄まし、胸を熱くした。


 叩かれたけらはまだ不格好だが、確かに鉄だった。

 私は深く息を吐き、村人たちを見回す。

「ここからが本当の始まりです。鍬にし、刃にし、暮らしを変える道具にしてこそ、この鉄は意味を持ちます」


 両村長――セムとオルネスが並んで頷いた。

「この炉の火を、二つの村の希望とする」

 その言葉に、再び歓声が沸き起こった。


 歓喜の渦の中、私は炉の熱気に包まれて座り込み、ぽつりと呟いた。

「……今すぐ風呂に入りたい。ああ、炉の前に湯船を作っておけばよかった」


「そうよ!」

 シエルがすかさず乗っかる。

「煤だらけで寝たら肌が荒れるんだから!」

 場の緊張が一気に解け、笑いが広がった。


 夜の炉はまだ赤く、まるで星のように光を放っている。

 今日、人は初めてこの村で鉄を得た。

 ――ここからが本当の始まりだ。

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