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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第50話 異世界で二つの村が“鉄”で結ばれた日

広場の熱気がようやく引き、私は深く息を吐いた。

 鎌と包丁とナイフは村の道具置き場に預けられ、順番表まで作られた。嬉しい反応だったけれど、胸の奥には別のざわつきが残っている。――この変化は、ベルデ村だけに留まらないはずだ。


「下流、見に行くんだろ?」

 肩ひもを直しながらダイチが言う。

「方位磁石も持ったし、簡単なふるいと木皿もある。やれることは、ある」


「川は上から下へ。鉄を含む黒い砂は、流れに運ばれて淀みに溜まる」

 私は自分に言い聞かせるように呟いた。

「……フォルデン村でも見つかる可能性は高い」


「じゃ、わたしも行く」

 メイリアが迷いなく手を上げる。隣でリュカもうなずいた。

「村のことだから、ぼくらも目で確かめたい」


 村長セムの了承は早かった。彼も、街道沿いの“森の中の自治区”――ベルデ村の管理下にあるその地でなら、領主の過剰な取り立てを避けつつ次の一歩を踏み出せると考えている。二村間だけで流通させている通貨(大・中・小)は、すでに人と物の流れを太くしていた。


 翌朝。私たちは最小限の荷を背負い、川沿いの獣道を下った。

 湿った土の匂い。滝の音が遠ざかり、代わりに広い川面をなでる風が頬に触れる。歩みを進めるほどに、川幅はゆるやかに広がり、河原には砂利洲が点々と現れはじめた。


 フォルデン村は、まだ痩せている。

 けれど、朝の桟橋に上がる漁の籠、石を積み上げた畑の縁、子どもたちの笑い声――ここにも生きる手が確かにある。


「ようこそ」

 迎えてくれたのは村長オルネスと、その横に控える書記役ミレナ。

 簡単な挨拶の後、私は単刀直入に切り出した。


「川底の黒い砂を探しています。方位磁石に反応する“砂鉄”です。もし見つかれば――ここで鉄が作れます」


 年配の男たちの視線が交差する。半信半疑、しかし捨てきれない期待。

 その輪を、ひとりの青年が勢いよくかき分けた。


「やってみよう。俺が先に河原へ案内する」


 浅黒い腕、節だらけの手、まっすぐな目。

 オルネスが紹介する。


「バルス=エルド。若いが働き者だ。口より先に手が動く」


「手が動くなら、なおさら助かる」

 私は頷く。「バルス、淀みと砂利洲を見たい。黒い筋――砂の中に墨をこぼしたみたいな層が目印」


「ある。昨日の夕方、網を干してた場所の少し上だ」


 私たちは川縁へ降りた。

 バルスはもう躊躇わない。ひょいと石をどけ、足で砂を掃き、木皿にざっくり掬い上げる。

 そこにダイチが持ってきた木製の簡易ふるいを重ね、ゆっくり揺らす。粒の大きい砂利が上、細かい砂が下。皿の縁に、確かに濃い黒が集まり始めた。


「……この黒、だよな?」

 バルスが目を細める。


「確認する。この磁石に砂鉄が吸い寄せられれば…」

 私は方位磁石を取り出し、針先を黒い砂に近づけた。


 黒い粒が、星くずのようにすうっと引き寄せられ、針にまとわりついた。


「おおっ……!」


 どよめきが弾ける。

 オルネスもミレナも思わず身を乗り出し、子どもたちは目を丸くした。

 バルスは一呼吸置いてから、静かに笑った。


「話は、本当だったんだな。……なら、集めればいい。たくさん」


「“鉄穴流し(かんなながし)”って方法がある」

 私は砂利洲と流れを見やりながら、できるだけ噛み砕いて説明する。

「小さく水をせき止めて流路を作り、上流から砂を崩して水に運ばせる。重い砂鉄は沈み、軽い砂は流れていく。道具は粗くていい。重要なのは、流れと角度」


「流れと角度……やってみないと掴めねぇな」

 バルスは足元の砂を指先でつまみ、さらさらと落とす。

「人手を集める。若いのを四、五人。杭と柵、スコップ代わりの板があれば足りるか?」


「最初の試験なら、それで十分」

 私が言う前に、シエルが肩をすくめた。

「風魔法でやれば一瞬よ。……って顔してるけど、効率的ではあるが長くは続かない。今日は“人の手でできる形”を作る回」


「助かる」

 バルスはシエルに短く礼を言い、もう踵を返していた。

 走り去る背中を見送りながら、私はオルネスに向き直る。


「問題は、ここで作った鉄をどう扱うか、です。領主の課税を受けずに済む場所が必要になる」


 ミレナが頷いた。

「街道沿いの“ベルデ村自治区”――森の中のあの区画ですね。二村間専用通貨で人と物を回している。……製鉄所を置くなら、そこしかありません」


「最終的には、そう」

 私は言葉を選ぶ。

「でも、まずは“ここに鉄の恵みが眠っている”ことを知った上で自分たちで決めてほしい。誰かが“やらされる”んじゃない。“自分たちの仕事だ”と認識してほしい」


 オルネスはゆっくりと息を吐き、柔らかく笑った。

「ならば、先頭に立つのはバルスだろう。……あいつは言葉より背中で村を動かす」


 ほどなくして、バルスが若者たちを連れて戻ってきた。

 板切れ、杭、縄、古びた籠。足りないものは工夫で埋める顔ぶれだ。


「段取りを出す。真希さん、見ててくれ」

 バルスは河原に棒で簡単な図を描く。流れ、角度、沈む場所。私が頷くと、若者たちは無駄なく散って動き始めた。

 杭を打ち、板で寄せ、流れを細く絞る。上手い。仕組みを理解しよくできている。


「すごく仕事が早くて正確ね……技術は、こういう人の上に積み上がっていくものね」

 真希はバルスの熱意に感心した。


 陽が傾く頃、私たちは最初の“黒砂”を木皿に受けた。

 量はわずか。けれど、磁石に吸い寄せられる様を村の誰もが見た。

 次の瞬間、押し殺していた歓声が爆ぜる。泣き笑いの顔。肩を叩き合う手。

 バルスは静かに黒い砂を見つめ、ぽつりと呟いた。


「……これで、この冬を越す力になる」


 その言葉の重みが、胸に落ちた。

 鉄そのものは口に入らない。けれど、道具となって畑を起こし、網を補い、斧の刃を支える。

 それは“来年をもっと豊かにする力”になる技術だ。


 ただ――まだ「砂鉄が見つかった」だけだ。

 鉄に形を与えるには炉が要る。火を操り、炭を絶やさず、叩く手が必要だ。


「段取りは見えた」

 バルスがこちらを振り返る。

「明日はもっと大きくやる。……それと、俺を自治区へ連れていってくれ。ベルデ村の炉を見て、覚えて、ここへ持って帰る」


 私は小さく首を振った。

「……残念だけど、まだベルデ村にも炉はない。これから作るんだよ」


「まだ、ない……?」

 バルスが目を見開く。


「そう。ベルデ村では炉を組み上げる。フォルデン村は砂鉄を集める。炭焼きはベルデ村が請け負う。――二つの村が、同じ炉を育てていくんだ」


 オルネスが腕を組み、深くうなずいた。

「共同で……。なるほど、そうすれば人も負担も分け合える」


「問題は、領主に気づかれることだな」ミレナが低い声で言う。

「川下で大がかりに砂を掘れば、すぐに目を付けられる」


「だから上流でやる」

 私ははっきり告げた。

「村の近くではなく、森の奥。ベルデ村自治区の手前にある川筋なら、見張りも領主の目も届かない。採った砂鉄は自治区へ卸して、そこから炉に回す」


 バルスが拳を握る。

「なら、俺たちは川へ入る。砂を掘り、黒砂を集める。……そうだろ?」


「そう。ベルデ村の仲間が炉を組み上げるまでに、あなたたちは原料を山ほど確保する。どちらが欠けても鉄は生まれない」


 川風が冷たく頬を撫でた。

 二つの村が互いに役割を分け合い、初めて鉄を得る。

 その始まりを、今ここで見届けている。


「行こう、バルス」

 リュカが立ち上がり、真っすぐに手を差し出した。

「一緒にやろう。ベルデ村も、フォルデン村も」


 バルスは迷いなくその手を握った。

 川面に映る灯が揺れ、夜の気配が濃くなる。


 下流の村に眠っていた“鉄の恵み”は、確かに目を覚ました。

 これからそれを、ベルデ村とフォルデン村の二つの手で育てていく。

 ――領主に気づかれぬよう、川上の森でひそかに。

 その計画は、すでに動き出していた。

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