第45話 異世界の川辺に戻って、稲を刈る日
リンデールを後にしてから数日、私たちは川沿いの道を歩き、久しぶりに川辺の拠点へと戻ってきた。
小屋の屋根が見えた瞬間、奥に広がる黄金色の水田が目に飛び込んでくる。胸が少し熱くなった。
水田の水はすでに抜いてあり、土はところどころひび割れ、稲は全体が黄金色に染まり、重たそうに頭を垂れている。
これは刈り取り前の「乾燥段階」に入った証拠だ。
「……いい出来だな」
ダイチが稲穂を手に取り、指先で粒を弾く。
私は頷きながら答えた。
「穂も粒も詰まってる。よし、今日は刈り取りだね」
鎌があればもっと楽なのだが、まだ金属加工はできない。鉈を使い、根元をしっかり握って株ごと刈る。
ザクッという乾いた音とともに、茎が切れ、青みの残る香りがふわりと立ちのぼった。
数株ごとに束ねて藁で縛り、はざかけ用の木枠へ運んでいく。
「穂を下に掛けるんだな」
シエルが首をかしげる。
「雨が降っても水がたまらないようにするのと、下に向かって水分が抜けやすくするためよ。穂先を逆さにすることで傷みにくくもなるの」
木枠には横木が何段も渡してあり、そこに稲束をずらりと並べて掛ける。
黄金色のカーテンのような景色は、収穫の達成感を強く感じさせた。
これを一週間ほど干せば、脱穀に入れる。
数日後、風に揺れる稲穂からカラカラと乾いた音が聞こえるようになった。
私は籾を指でつまみ、爪で軽く押してみる。硬く締まっていて、粒の中にしっかりとした芯がある。脱穀の合図だ。
「よし、今日は脱穀いくよ」
私たちが使うのは、竹を割って作った櫛状の道具だ。
長さ半肘ほどの竹を縦に割り、片側に細かく切れ込みを入れ、歯のような形にする。これを手に持ち、稲穂をしごいて籾を外すのだ。
束ねた稲を片手で持ち、櫛の歯に穂を引っ掛けて下へしごくと、パラパラと籾が布の上に落ちる。
慣れないと籾が飛び散ったり、籾殻が残ったままだったりするが、手で一粒ずつ外すよりはずっと早い。
「けっこう力いるな……」
ダイチが額の汗を拭う。
「でも、これが終わらないとご飯にならないからね」
シエルは丁寧に櫛を動かしながら答える。
脱穀した籾には、藁くずやほこりが混じっている。
本来なら唐箕を使うところだが、そんな贅沢な道具はない。
そこで、簾や平たい籠を使い、風選を行う。
籾を少量ずつ簾の上に広げ、風上に向けて軽くあおいで風に乗せると、軽い藁くずや塵が流され、重い籾だけが残る。
「ほら、こんな感じ」
私は籠を少し傾けて、上から手でパタパタとあおぐ。
ダイチが感心したように覗き込み、真似を始めた。
こうして選別された籾は、日陰で半日ほど乾かし、木箱や甕に詰めて保存する。
「これで保存は完了。籾殻がついたままなら、長期間もつし虫もつきにくい」
「じゃあ、食べる時は?」
シエルの問いに、私は石臼を指差した。
「食べる分だけ精米。まず臼で籾殻を外して玄米にして、さらに搗けば白米になる。でも白米は保存が利かないから、食べる直前がいい」
その日の夕方、試しに少量を精米してみた。
臼の中で米同士が擦れ、籾殻が少しずつ剥がれていく。
現れた玄米はほんのりとした香ばしさを放ち、三人の顔が自然と緩む。
「やっぱ、自分で作った米って格別だな」
ダイチが笑みを浮かべる。
「これがあると、また来年も頑張ろうって思えるな」
シエルも頷く。
作業を終え、夕暮れの田を眺める。
稲はすっかり刈り取られ、はざ木には黄金色の稲束が並び、風に揺れていた。
そんな景色を見ながら、ふと川辺に目をやると、シエルが何かをすくい上げて戻ってくる。
「真希、これ…こないだの大雨で川が荒れる前はなかったと思うけど…」
手のひらに乗せられたのは黒っぽい砂だった。
腰のポーチから方位磁石を取り出し、近づけると、黒い粒がスッと磁石に吸い寄せられた。
「……砂鉄」
「これが鉄? 鎌とかつくれるの?」とダイチが食い気味に尋ねる。
「可能性はある。でも大量に集める必要があるし、砂鉄だけをきれいに取り出す工夫も必要ね」
私は手のひらの砂鉄を握りしめ、心の中で静かに誓った。
――次は、この手で刃物を作る。
それができれば、鎌も、もっと良い道具も、この世界で自分たちの手で生み出せるようになるのだから。




