表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/105

第43話 異世界の村に帰るべき場所を見つけた日

通貨が流通し始めてから、フォルデン村の空気は目に見えて変わった。

 木製の小さな硬貨——漆塗りで中央に**ルナリア信仰の象徴(ルナリアの紋章)**が彫られたそれは、最初こそ物珍しさから手に取られていたが、すぐに村人たちの暮らしに溶け込んでいった。


「今日は中貨二枚だから……干し肉と塩を」

「じゃあ、小貨四枚がお釣りだな」


 市場でのやり取りは滑らかになり、物々交換のように「探し回る手間」が消えた。

 家々にも少しずつ余裕が生まれ、食卓の品数は日に日に増えていく。


 しかし、表向きの生活は変わらない。

 税の取り立て日には、村人たちはわざと古びた服をまとい、暗い顔をして荷車を出す。

 その裏で、蓄えられた富は静かに、確実に増えていった。


 ある日、村の外れ。

 数人の漁師が川辺で網を干しながら、硬貨を数えている。

 その様子を、少し離れた林の中からじっと見つめる影があった。


 ガルシアだ。

 公務の視察ではなく、あくまで私的な偵察として村に足を踏み入れていた。


(……この文様、見覚えがある。ベルデ村の…女神の印、か)


 以前ベルデ村で耳にした噂——“女神ルナリア”と呼ばれる存在。

 その旗印を刻んだものが、税で苦しむはずの村を豊かにしている。

 冷静沈着な彼の胸の奥に、不思議と温かいものが灯った。


 ガルシアは硬貨をしばらく見つめたが、手に取ることはしなかった。

 これは公務ではない——職務に私情を混ぜるべきではない。

 このことは、自分だけの胸に秘めておこうと決めた。


(やはり会ってみたいな……その女神とやらに、もしかしてあの時の娘が?)


 風が川面を渡り、漆塗りの硬貨が陽を反射してかすかに輝いた。


 ***


 フォルデン村での通貨の流通が安定し、人々の暮らしが落ち着きを取り戻した頃——

 リゼリア、エルグリフ、そしてイレーナは、ついにリンデールへ戻る決意を固めた。


「そろそろ……私たちも帰らなきゃ」

 リゼリアがそう言うと、イレーナは少しだけ私の袖をつかんだ。

「真希……その前に、川辺の拠点に戻ってみたいな」


 そうして私たちは川辺の拠点へ立ち寄ることにした。


 到着すると、イレーナは興味津々で辺りを見回した。

 少しの間放置してしまった水田は無事で、稲は順調に育っている。

 魚捕獲用の罠も確認すると、生簀の出口を開けておいたため、魚が入った形跡はあったが、すべて川へ戻れたようだった。

 風にそよぐ稲穂、川のせせらぎ、そして拠点の脇に組まれたかまどと湯船。


「これが……お風呂?」

 私は笑ってうなずく。

「そう。体を温めて汚れを落とす場所。ちょうどお湯も沸いてるわよ」


 イレーナの目が輝いた。

「ねえ、エルグリフ! 一緒に入ろう!」


 その瞬間、リゼリアの表情がぴたりと固まる。

「……仲がよろしいことで」

「ち、違うっ!」エルグリフは両手を振り、必死に否定する。

 イレーナは無邪気に首をかしげ、笑みを浮かべていた。


 湯気が立ち上る湯船に、イレーナは頬を紅潮させて浸かっていた。

 湯の温かさが全身を包み、肌をなでる柔らかさに、思わずため息が漏れる。

「はぁ……こんなに気持ちいいものがあったなんて!」

 その声を聞きながら、私は横で桶を持って笑った。

 これでまた一つ、この世界での“好きなこと”を彼女に教えられた気がした。


 ***


 数日間の滞在を終え、いよいよリンデールへの帰路につく。

 森を抜けると、懐かしいエルフの集落が見えてきた。

 けれど、私たちを迎える空気は張り詰めていた。


 中央広場に立つのは長老ティリオン。

 白銀の髪が陽を受けて輝き、その瞳は真っ直ぐに私たちを射抜く。


「……イレーナを助けたそうだな」

 低く落ち着いた声。その奥に熱を感じた。


「表向きは反対した。リンデールの安全を考えれば当然だ」

 ティリオンは静かに言葉を続ける。

「だが、本心では——助けたかった。あの子は我らにとって宝だ。……それを成し遂げたお前たちに、私は恩義を感じている」


「真希。お前たちはこれまで、人間でありながら我らと心を通わせた。……初めに集落へ来た調査隊の者たちも、お前たちに心を開いている」

 ティリオンは一呼吸置いてから、はっきりと言った。

「今後、真希、シエル、ダイチ——そしてお前たち三人は、リンデールとの往来を自由とする」


 その言葉に、イレーナの顔がぱっと明るくなり、シエルとダイチも互いに笑い合った。

 エルグリフは一瞬だけリゼリアを見たが、彼女はそっと視線を逸らした。

 エルグリフは少し困ったような顔をしていたのを、私は見逃さなかった。


 ***


 夜には歓迎の宴が開かれた。

 焚き火の炎が夜空を照らし、果実酒の香りが甘く漂う。

 笑い声と楽器の音が混ざり合い、長く冷え込んでいた集落に温もりが満ちていく。


 果物を手にしたイレーナが笑顔でリゼリアに差し出す。

「はい、お姉ちゃん。エルグリフの分も持ってきたよ」

「ふふ……本当に仲がいいわね」リゼリアは柔らかく笑い、エルグリフへと渡す。

 エルグリフは一瞬だけ躊躇してから受け取り、「あ、ありがとう」と短く返した。


 その瞬間、イレーナとエルグリフの視線がわずかに交わる。

 イレーナは口元に淡い笑みを浮かべ、軽く瞬きをする——まるで何かを確かめるように。

 エルグリフは視線を逸らし、杯の中身を無理に口へ運んだ。


 リゼリアはその様子に気づかず、焚き火越しに二人を見て微笑んでいる。

「エルグリフ、イレーナと一緒だと楽しそうね」

 何気ない言葉だったが、その声音には小さな確信がにじんでいた。


 エルグリフは返事を飲み込み、代わりに小さくうなずくだけ。

 イレーナはその横顔をちらりと見て、何も言わずに果物を口へ運んだ。


 そんな中、ティリオンが私の隣に腰を下ろした。

「……そなたがいたからこそ、あの子は戻れた」

 短い言葉だったが、その重みは胸の奥に深く刻まれた。


 炎に照らされる三人の笑顔を見ながら、私は思った。

 ——ここが、あの三人にとって本当の“帰るべき場所”なのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ