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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第42話 異世界の村に、“脱税”という知恵を持ち込んだ日

 リュート一行が去ったあと、フォルデン村の広場には重い空気が残っていた。

 イレーナは唇をかみ、リゼリアも黙り込む。

 その肩に手を置いたシエルが、苛立ちを隠さず言った。


「悪いのはあの領主の弟だ。あんたたちは何も悪くない」

 ダイチも拳を握りしめる。

「真希、何とかできないのか? 俺、もうあんな思いは嫌だ」


 私は短く息を吸った。

「できる。ただし——ベルデ村の協力が必要だ」


 その日のうちに、フォルデン村の代表としてミレナを連れ、ベルデ村へ向かった。

 セム村長、ゼノ、そして数人の村人が集まり、私は事情を説明する。


「……で、具体的には何を?」と村長。


「通貨を作る」

 その言葉に、場の空気がぴたりと止まった。


「通貨……って何だ?」

 リュカが首を傾げる。


「じゃあ、リュカ。あなたがこの果物を欲しいと思ったらどうする?」

「俺が持ってるもので、相手が必要そうなものと交換する」

「もし、相手がそれを必要としてなかったら?」

「……必要なものを聞いて、他の人と交換してから、果物に交換してもらう」


「そうよね。そこで通貨があると便利になるの」

 私は木の枝で地面に円を描きながら続けた。

「果物を持っている人が『これは通貨何枚』と価値を決める。あなたはその通貨を渡せば果物を手に入れられる。相手はその通貨で、自分の欲しい物を別の人から買えばいい。直接交換する必要がなくなる」


 リュカがうなずきかける。

「……つまり、直接交換しなくてもいいってことか?」

「そう。通貨は価値を移動させる道具。やり取りがぐっと楽になる」


 ゼノが腕を組む。

「でも、それって領主の税の対象にならないのか?」


「そこで仕組みを作るの」

 私は続けた。

「まず、ベルデ村とフォルデン村の住民だけに戸籍を作ってもらう。この通貨は、この2つの村の住人しか使えない。他の村や町の人とやり取りするときは、今まで通り物々交換にする」


 村長が眉を上げる。

「つまり……外には通貨を出さない?」

「そう。外の人にとってはただの物。税の対象にもならない」


 私がさらに地面に2つの丸を描き、それを街道でつないだときだった。

 年配の農民が手を挙げる。

「……でもよ、そんなことして、もし領主にバレたらどうなる? 逆に全部取り上げられるんじゃねぇのか?」


 別の若者も口を開く。

「通貨なんて今まで使ったことねぇ。俺たち、本当に使いこなせるのか?」


 さらに、後ろから慎重派の声が飛ぶ。

「それに……中に裏切り者がいたらどうする? 領主に通貨や制度のことを売ったら、計画は一発で終わるぞ」


 場に緊張が走った。

私は皆の視線を受け止め、はっきりと答える。

「だからこそ、戸籍はただの名簿じゃなく、責任の証にする。もし戸籍を売ったり、通貨を外に流したり、悪用が発覚した場合——その者の戸籍を抹消し、事実を村全体に公開する」


 ざわめきが広がる。

 私は続けた。

「この2つの村では、戸籍を失えば居場所を失うのと同じ。出ていくしかないし、どこに行っても裏切り者として見られる。だから、そんな愚かな真似をする人間はいないはず」


 ゼノが頷く。

「……なるほど。それなら抑止になるな」


 私は笑みを浮かべて話を戻す。

「街道整備と途中の森に開拓地を作り、そこをベルデ村の管理地として自治を認めさせる。フォルデン村の人たちはそこで働き、農作物じゃなく通貨で賃金を受け取る。これなら税を払っても、新たに生まれる富は全部私たちのものになる」


 セム村長が口元を引き結ぶ。

「……早い話が、領主に知られない形での蓄えか」

「そう。言ってしまえば脱税ね。相手も無茶苦茶やってきてるんだから、抜け道ぐらい使わせてもらうわ」


 通貨は木を削って漆で黒く塗り、表面に偽造防止の文様を彫り込むことに決まった。

 種類は大・中・小の3種類で、中が基準となる。中1枚の価値は小麦1人1日分、小10枚で中1枚、中10枚で大1枚に相当する。

 日常的なやり取りには小と中を、まとまった取引には大を使う仕組みだ。

 漆による深い艶は、木製とは思えないほどの美しい質感を放ち、手に吸いつくような滑らかさがあった。

 彫り込まれた文様は放射状に広がる曲線と葉を組み合わせた意匠で、その溝には別の色の顔料が丁寧に埋め込まれ、模様が浮き立つように彩られている。

 その中心に刻まれたのは——皮肉にも——ルナリア信仰のシンボルだった


 まずは街道整備に携わる人たちへ賃金として支払い、流通を始める。


 ……そして完成品を手に取った私は、思わず頭を抱えた。

「……よりによって、ルナリア信仰のシンボル……」


 周囲の村人たちも覗き込み、複雑な表情を浮かべる。

「……なんだか、ありがたそうで使いにくいな」

「女神様が与えてくれたものだしな」

「これでまた我々は女神さまのご加護を受けられる」


 もう流通は始まっている。偽造防止の文様を詳しく決めなかった私のミスだから仕方ない。

すでに製造も急ピッチで進めてもらっているし、後戻りはできないな、と深くため息をつく。

 これでフォルデン村とベルデ村は、税を払っても生き残れる。

いや、それどころか、もっと豊かになれるはずだ。

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