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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第38話 異世界の谷で、霧に紛れて仲間を奪い返した日

 午後の陽は、木々の間から細く差し込んでいた。

 川沿いの獣道を進んでいた私たちの前に、馬の蹄音が近づく。


「……ゼノ?」

 姿を認めた瞬間、私は歩みを止めた。

 土埃を巻き上げて飛び込んできたゼノは、額に汗を浮かべ、息を荒げている。馬の脇腹には白い泡がこびりつき、全力で駆け続けた証拠だった。


「……真希さん! イレーナが——無事だ! まだ、領主の拠点には連れて行かれてない!」

 息を整える間もなく、ゼノは叫んだ。


 その一言に、私もリゼリアも一気に表情が変わる。


「本当なの?」

 リゼリアが前のめりに問う。

「確かだ。ただ……リュートが今、フォルデン村を発った。あの男、ネストリアに戻るには——例の谷を通るはずだ」


 あの谷。

 以前、バルドの軍を奇襲した細い谷で、ベルデ村寄りに位置する。地形が狭く、迂回路はない。先回りさえできれば、仕掛けは容易い。


「距離は?」

 私はすぐ地図を頭に描いた。

 ベルデ村から谷までは徒歩二日。ベルデ村とフォルデン村の距離はおよそ三週間。私たちは今、ベルデ村から十二日ほど離れた地点にいる。

 ここからベルデ村へ戻って準備しても、谷には十四日で到着できる計算だ。フォルデン村から谷までは十八日——ギリギリ、間に合う。


「急いで戻ろう。谷で先回りする」

 私が即断すると、全員が無言でうなずいた。


「ゼノ、先に馬を飛ばしてベルデ村へ行って。白装束を六着、動きやすいやつを用意して。それと捕縛用の縄と袋も」

「了解だ!」

 ゼノは馬の首を軽く叩くと、土煙を巻き上げながら瞬く間に森の奥へ消えていった。


 ——


 ベルデ村に戻ったのは、夜の入口だった。

 焚き火の明かりの中、ゼノが用意させた白装束が六着、縁側にきれいに並べられている。厚手だが軽く、頭から被れる深いフード付き。闇と霧に紛れるにはうってつけだ。


「これなら動きやすいはずだ」

 ゼノが息を整えながら言う。


「助かる。縄と袋も揃ってるな」

 私は捕縛用の麻縄を手に取り、ざらりとした感触を確かめる。十分な長さだ。


「今回、前線で動くのは——シエル、ダイチ、リゼリア、エルグリフ、ゼノ。そして……リュカ、あなたもお願い」

「えっ、オレが?」

「戦うわけじゃない。私と一緒に後方から全体を見て、合図を送ってほしい」

 少し拍子抜けしたように目を瞬かせたリュカは、やがて真剣にうなずいた。


 夜明け前、谷の高台に到着。

 谷底からは川の音が響き、空気は冷たく張り詰めている。前線組は白装束に着替え、深くフードをかぶった。


「エルグリフ、頼む」

「任せろ」

 彼が手を掲げると、周囲の湿気が濃くなり、水が足元に集まっていく。


「ダイチ」

「おう!」

 炎の気配が走り、水が一瞬で白い蒸気へと変わる。


「シエル、リゼリア!」

「了解!」

 二人の風魔法が蒸気を押し広げ、冷気と混ざって白い霧が一気に濃くなる。谷は視界数歩の世界に変わった。


 白装束の影が霧に紛れて忍び寄る。

 敵が何が起きたか理解する前に、ゼノが先頭兵の首に縄を回し引き倒す。リゼリアの風が一瞬霧を切り裂き、エルグリフがその隙に麻袋をかぶせる。ダイチは背後から素早く腕を取り、後ろ手に縛りあげた。


「全員つないだ!」

 ゼノの声が霧の奥から届く。


 私は高台でリュカと視線を交わし、短い笛を二度吹いた——撤退の合図だ。

 先頭の一人だけ袋を外し、「霧が晴れるまで動くな」とゼノが低い声で告げる。


 霧の中、私とリュカは最後まで前線を見守りながら、無傷のイレーナを連れた仲間たちの背を追った。


 ——


 谷を抜け、安全圏まで下ったところで、ようやく皆の足が止まった。

 白装束を脱ぎ、霧の湿り気が染み込んだ布を絞る音が静かに響く。


「……間に合ったな」

 ゼノが低く呟くと、ダイチが大きく伸びをしながら笑った。

「おれ、あんなに静かに動いたの初めてだぞ」

「珍しくね」

 シエルがくすりと笑い、緊張の糸がわずかにほぐれる。


 イレーナはリゼリアの腕に抱かれたまま、目をぱちぱちさせていた。

「……なんだか夢みたい。怖い夢から覚めたみたい」

「もう大丈夫」

 私はそう告げると、火を起こすための道具を取り出した。

「まずは温かいものを飲もう。それから次の行動を考える」


 夜明けの薄明かりが、川霧の向こうから少しずつ差し込み始めていた。

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