第31話 川の恵みと田んぼづくり、異世界農業はじめました
「……やっぱり、そろそろ魚が食べたいよなぁ」
ダイチの呟きに、私とシエルは顔を見合わせた。
ここ数日は、保存していた干し肉や木の実、そして簡単に採れる野草中心の食事が続いていた。栄養的にはまあまあだけど、味のバリエーションがないと、心まで痩せてしまう気がする。
「魚、取れるといいね。川の水、きれいだし」
シエルが竹かごを揺らしながら言った。その音が、さらさらと流れる川のせせらぎに溶けていく。
私は川沿いにしゃがみ込み、水面を覗き込む。冷たい風が頬を撫で、光が水底で細かく踊っている。先日の大雨でも流されなかった淀みがいくつかあり、そこには小さな影がゆらゆらと泳いでいた。
「ここを利用すれば、トラップが作れるかも」
そう呟いて立ち上がると、私は竹と石、そして藤のツルを集め始めた。指先に絡む藤の感触は少しざらつき、湿った匂いが鼻をくすぐる。
「この辺りに竹を斜めに挿して……入りやすく、出にくく。はい、ここ押さえてて」
「うんっ!」
ダイチが嬉しそうに竹を支える。その手元には、川面から立ち上る冷気がかすかに漂っていた。
私たちが作っているのは、いわゆる「誘導型生簀トラップ」だ。
川の流れを活かし、魚が入りやすい導線を竹で作る。外側から内側へと徐々に狭まっていく入口。そして一番奥には、竹と石で囲った“生簀”を設置。
さらに、生簀の奥には細い排水口を用意し、そこにも細かい竹を組んで、小魚が逃げられるようにしてある。小さな命は未来の資源、全部は捕らない。
「魚が流れに逆らって泳いでくる性質を利用して……よし、これで完成」
「……すごい。これ、ほんとに入るの?」
シエルが目を輝かせて覗き込む。水面に反射した陽光が、彼女の青い瞳の奥で瞬いた。
「すぐじゃないけど、朝と夕方に確認すれば、たぶん成果はあると思う。あとは放っておくだけ」
……そのとき、シエルは罠を完全に無視して川へと入り、膝まで水に浸かった。
透明な流れが割れ、彼女の手が水中にするりと差し入れられる。
次の瞬間、猫の前足のようなしなやかな一撃が水を裂き、銀色の魚がきらりと光って空中へ跳ね上がった。
「……それ、ずるい」
「技術と経験の差よ♪」
ドヤ顔のシエル。いや、私のここまでの苦労は……。まあ、楽しそうだからいいけど。
「ふふ、今日は焼き魚だね!」
ダイチが嬉しそうに跳ねる。……まあ、まだ火は起こしてないんだけど。
魚トラップの設置を終えた私たちは、次の計画に取りかかることにした。
「——田んぼを、作ろうと思う」
そう口にした瞬間、二人はきょとんとした顔をした。
「タ・ン・ボ? なにそれ、おいしいの?」と、ダイチ。
「……うん。すごくおいしいよ」
日本人として、米はやっぱり特別な存在だ。ここの世界にも雑穀はあるけれど、稲のような植物は今のところ見ていない。だとしても、水田の仕組みは他の作物にも応用できる。
「ここ、湿地に近いでしょ? 水が引けるなら試す価値はあるよ」
小規模な実験から始めることにした。
川近くの柔らかい土を踏みしめながら、浅く掘った長方形の地面を整え、周囲を土で囲って畦を作る。足元の泥がゆっくりと沈み、冷たい水がくるぶしをなでていく。
次に、竹で簡易的な水路を引き込み、田んぼへと水を通す。
「おおお〜、流れた流れた!」
ダイチがはしゃぎながら畦の上を駆ける。シエルは腰に手を当て、感心したようにうなずいていた。
「これ……すごい。見てるだけで癒やされる」
澄んだ水が、ゆっくりと田んぼの表面を覆っていく。水面に映る空はゆらゆらと揺れ、風に乗った草の香りが頬をかすめた。ここが異世界であることを忘れそうになる瞬間だった。
「ここに、あとで種を撒いてみよう。米じゃなくても、何か芽が出れば儲けものだから」
少しずつ、この世界でも“農”の形を試していきたい。
水は循環させながら適度に入れ替え、肥料として使えそうな堆肥も用意する。指先に残る土の感触が、今日の成果を確かなものにしてくれていた。
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。そちらでは先行公開中ですので続きが気になる方は是非ご覧ください。




