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第2話 神様の手違いと、異世界初日のライフライン

火がぱちぱちと音を立てて、静寂の森に響く。

私はというと、焚き火で湯を沸かしながら、水筒に煮沸した水を詰めていた。

 


「……さて、水の確保は完了」



小さくつぶやきながら、私はひと息つく。

寝床はテント。マットとシュラフも揃っているが、当然シエルとダイチの分まではない。

そこで近くにあった小さな洞窟を見つけ、そこに乾いた草を敷き詰めて、ふたりの寝床を急ごしらえで用意した。



とりあえずの対応だけど、今後のことは少しずつ考えていこうと思う。



そして食料。……問題は、ここだ。



「マキー、おなかすいたー。肉、取ってくるね!」



ダイチが元気よく手を振り、森へ駆け出していく。



「私も同行するわ。無茶しないように監視しないと」



シエルは静かに立ち上がり、少し呆れたような口調でそう言い、後を追った。

軽やかな足取りで森に入っていくふたりの背中を見送りながら、私はどこか不思議な気分だった。



獣人になったことも、しゃべるようになったことも、なぜか受け入れられている。

感情がざわつかない。不思議なほど、落ち着いていた。

 


「さて、私も行動しようか」

 


私は首元に小型ナイフを下げ、採集袋を肩に森の中へ入っていった。

 


森の中は、日本の山と似ているようで、全く違っていた。

見たこともない植物が生い茂り、妙に甘い香りのキノコ、紫色の葉をつけた草、銀色に光る苔などが目に入る。

 


でも、なぜだろう。

「これ、食べられる」とか「これは危ない」――そんな直感が、はっきりと湧いてくる。

 


「……これは、食用。これは毒性あり。……これも食べられる」

 


私は黙々と、食べられると“分かる”山菜やキノコを選び、採集袋に詰めていく。

帰ったら、焼き物と汁物くらいは作れそうだ。

 


1時間ほどで袋を満たして戻ると、森の端からダイチが巨大な兎のような魔物を引きずって帰ってくるところだった。

 


「マキ~! ほら! でっかいの取ったぞ!」

 


得意げに胸を張るダイチ。その後ろから、シエルが静かに姿を現す。



「あなたたち、よくこれ倒せたわね……」

 


私は呆れたように眉をひそめる。だがダイチは満面の笑みだ。

 


「えへへー。シエルの猫パンチが急所に当たったからさ!」

 


「すばやい獣だったけど、急所が分かりやすかったから助かったわ」

 


シエルは淡々とした口調でそう言って、ひとつ頷いた。

 


「……じゃあ、さばくか」



私たちは焚き火の周りに集まり、それぞれ作業に入った。

 


私は肉の血抜きと切り分け、塩揉みと干しを担当。

シエルは香草を刻み、保存袋を準備している。

そしてダイチは――



「ねぇ、もう焼けた? 試食していい?」



「まだ焼けてないから我慢して」

 


「むぅー……」

 


頬をふくらませて焚き火のそばにぺたんと座るダイチに、私は肩をすくめた。

 


焚き火の周りに、ほのかな香りが広がる。

魔物とはいえ、大切な命をいただくのだから、無駄にはできない。

余った分は干し肉にして保存食とし、骨は素材として洗って保管しておくことにする。

 


日が落ち、夜が来る。

私は洞窟の前で、星空を見上げながら考えていた。

 


いきなり異世界なんて……だけどなぜか、不安が少ない。

きっと、火があるから。水があるから。食べるものがあるから。

そして、あのふたりがいるから。

 


「……おかしいな。こんなに落ち着くなんて」

 


私は小さく笑い、湯気の立つスープカップを口に運ぶ。

 


この森がどこにあるのかも、どんな世界なのかもまだ分からない。

けれど、私は今日も、火を囲んで、生きている。

 


気づいていなかった。

この場所で、すでに何かが変わり始めていることを。

 


その夜、私は焚き火の明かりの中で、ゆっくりと眠りについた。

まどろみの中、ふと夢を見た気がした。

 


──あっ。

 


「……やばっ……やばやばやばっ……どうしよう……!」

 


光が揺れ、空間が波打ち、遠くから間の抜けた誰かの声が聞こえる。

 


「いや、あの、その……ちょっとだけ世界間移動の練習してて……そしたら、あの子と猫と犬を……うっかり、巻き込んじゃって……」

 


「……うっかりで済む問題ではないぞ。しかも、よりにもよってあんな辺境な場所にいきなり……」

 


低い声が重く響く。もう一人は、必死に弁明しているようだった。

 


「だって、まさかあんな山奥に人間がいるなんて思わないじゃない……普通はさあ……」

 


「言い訳はよい! これからどうするつもりだ!」

 


「う、うん……わかってる。でも、見て? あの子、すごく落ち着いてるの。火を組み直して、水も確保してて……」

 


「それが何だ」

 


「だから、彼女には“食べられる植物が分かる能力”をつけたの。

あとは、護衛が必要だから、猫と犬を人型にして、戦えるようにもしておいたの」

 


「……自分の失敗をフォローしているつもりのようだが、これ以上余計なことをすることは許さん!」

 


「えぇー……だって、あの子、現実でかなり疲れてたみたいだったし?

ちょうど良かったっていうか……異世界のほうが向いてる気もするし……」

 


「責任を放棄する気か、ルナリア!」

 


「放棄じゃなくて、ちゃんと見守っていくもん!」

 


「いいか、今後も彼女たちの行動は逐一記録して、報告しなさい。神として責任を果たせ!」


「……はーい……」

 


目覚めた時、炎のゆらぎが一瞬だけ人の顔のように見える。


「気のせいよね……」 


私はただ、焚き火の温もりと、草の匂いを感じながら、再び静かに目を閉じた。

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