第22話 異世界で女神と呼ばれそうになったので嘘をついた
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1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。
「女神様だ……」
「聖獣を従えてる……」
「村に実りをもたらした、豊穣の女神さまだ……」
最初は冗談だと思っていた。
けれど、日を追うごとに村の空気は確かに変わっていった。
水が引かれ、畑が息を吹き返し、保存食が貯まり、子どもたちが笑う。
朝、東の空がわずかに赤く染まる頃、井戸端では木桶に水を汲み上げる音が響き、子どもたちは水をこぼさぬよう必死に運ぶ。
水路沿いでは女たちが野菜を洗い、飛び散るしぶきに陽の光がきらめく。
男たちは鍬を担いで畑へ向かい、土を返すたびに湿った匂いが立ち上った。
軒先では刈り取った豆を編んだ網に並べ、昼下がりには薬草を裏返す手が忙しく動く。
干し場の隅では子どもたちが小さな籠を抱えて虫取りをし、捕まえたバッタを誇らしげに見せ合っていた。
以前は干ばつと飢えで曇っていた瞳が、今は「明日のために何をしようか」という輝きに変わっている。
そして——そのきっかけを与えたのが私たちだということは、誰の目にも明らかだったのだろう。
「真希、また言われてるよ」
シエルが耳をひくひくさせ、口元に小さな笑みを浮かべる。
「“女神様”、だってさ。お供の“聖獣”が二匹、って」
「ちがう。私はただのキャンパー。君たちは犬と猫」
「聖獣って言われるの、ちょっと悪くない気がする」
「僕は……まあ、確かにマキはそれだけのことしてるよ」
二人の反応に苦笑しながらも、私は内心でため息をついた。
——これは、明らかにまずい方向に進んでいる。
◆
事態が決定的になったのは、村の小さな祈りの祭壇が作られた時だった。
「女神真希様に感謝を」と刻まれた石板の前で、子どもたちが花を供えている。
摘みたての花から甘い香りが漂い、祭壇の上には川で磨かれた白い石が並べられていた。
私はついに決断した。
「——私は女神じゃない」
集まった村人たちに向かって、はっきりと言い切った。
「知識は、誰でも身につけられるもの。私はただ、それを少し知っていただけなんです」
沈黙。誰も否定しない。
代わりに、小さな手が挙がった。
「でも、ルナリア様があなたに知恵を授けてくださったんですよね?」
「……え?」
「ほら、真希さんがたまに言ってたじゃない。“ルナリアの知恵”って」
……やってしまった。
何気なく使っていた言葉が、こんなふうに神格化されるとは。
少しの沈黙の後、私は静かに言った。
「……そう。私はルナリア様の導きに従っているだけ。ですから、皆さんを救ったのはルナリア様です」
村人たちの表情がほっと緩む。
「ルナリア様……ありがたい女神様だ」
「真希さんは女神じゃなくて、“ルナリア様の使徒”か」
「それなら納得だな!」
セム村長もサーシャも、静かに頷いていた。
きっと、私の嘘に気づいている。
それでも、誰も咎めなかった。
◆
数日後、私は森へ戻ることを決めた。
このまま村にいれば、本当に“神”になってしまう。
それは村にとっても、私にとっても良くない。
「……帰るの?」
リュカが寂しそうに聞く。
「また来るよ。でも、私はここに住むわけじゃない。君たちが自分の力で生きられるようにならなきゃ。それに……まだ、教え足りないこともあるしね」
最後の夜、私はリュカにだけ特別なことを伝えた。
「この地図、覚えておいて。森の中を通る安全な時間帯とルート。魔物の活動時間を避ければ、ここから私の拠点まで行ける」
「……ありがとう、真希さん」
「覚えたら燃やしてね。困ったらすぐ来て。でも、それまでは——君たちが自分で答えを出す番だよ」
月明かりの下、私はリュカの頭をそっと撫でた。
まるで、我が子を見送る母親のように。
——私は、神じゃない。
けれど、この手に“知恵”があるのなら、それを届けることはできる。
そして、それで十分だと、私は思っている。




