第20話 異世界の森で、“狩り”と“塩”の知恵を授けた日
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1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。
朝の空気は、どこか清々しかった。
昨日、畑に蒔かれた豆の種が、目には見えなくとも確かに“希望”を残していたからだろうか。
「今日は、狩りと岩塩の話をしようと思う」
私の言葉に、村の若者たちは期待と緊張が入り混じった顔を見せる。
「狩り……って、魔物がいる森に行くんですか?」
一人が声を震わせる。
「ううん。村から近い森の浅い部分よ。魔物の出ない範囲にも獲物はいるし、今日は“技術”を学ぶのが目的。危ない場所には行かないわ」
「……なら、行ってみたいです!」
勢いよく答えたのはゼノだ。今にも飛び出しそうな様子で前に出てくる。
「ただの力任せじゃ獲れないよ。自然の中では、“頭を使った工夫”が一番大事」
私は笑いながら、罠用の縄、音を立てる鈴、匂い消しの薬草など、森での狩りに必要な道具を並べて見せた。
「まずは“痕跡”を読む。足跡の深さや向き、食べかす、糞の位置……こういうのは時間帯や風向きと合わせて考えると精度が上がる」
私は地面の湿り具合や草の倒れ方を指差し、実際の判断方法を見せた。
森に入ってしばらく、私は実地で教えながら罠の仕掛け方を説明する。
足を止めた場所は小さな獣道。枝葉がわずかに擦れた跡があり、何度も通った証拠がある。
「ここは斜面の下。動物はあまり急斜面を下りたがらない。だから、この先に餌を置いてやる」
「なるほど……進みたくない方向を避けると、罠に誘導されるんですね」
冷静に補足したのはノエルだった。
私は細い枝で誘導路を作り、足場の悪い箇所をあえて残すように指示する。
「こうやって通れる道を絞ると、罠の通過率が上がるの」
ゼノが頷きながらも、罠の構造をじっと覗き込んでいた。
「こっちはどうすかー!? 足跡あったっぽいッス!」
バズが叫びながら駆け寄ってきたが、案の定、木の根に足を取られて転んだ。
「……はい、典型的な“騒ぐと獲物が逃げる”パターン」
私はため息をつきながらも笑ってしまう。土まみれのバズが照れくさそうに頭をかいた。
試しに小型の踏み板式罠をセットし、全員に踏ませて作動確認をさせた。
木のバネがしなって縄が締まり、落ち葉が舞う。
「こういう感覚を覚えておくと、本番でも迷わず仕掛けられるようになるわ」
◆
狩りの技術の次は、「塩」の話だ。
「森の奥には岩塩が採れる場所がある。でもそこは魔物が出る地域だから、今回はもっと手前でできる方法を教えるわ。地下水から塩を採るの」
「水から塩……本当にできるんですか?」
「できるわ。塩分を含む水を煮詰めれば、塩だけが残るの。水路作りの時に、たまたま塩気を感じる湧き水を見つけたのよ。きっと地下に塩を含む地層があるんでしょうね」
私は塩気のある湧き水を汲み、土器に入れ、火の上にかけた。
「水の中には塩のほかにも細かな不純物があるから、最初に布でこすと仕上がりがきれいになるわ」
湯気が立ち、土器の内側に細かな塩の結晶が白く残っていく。
「ぐつぐつ煮て水分を飛ばすだけ。時間はかかるけど、火と鍋さえあれば誰でもできる」
水が三分の一ほどまで減ったころ、底にうっすらと白い結晶が現れた。
杓文字で軽くかき混ぜると、しゃりっとした感触が手に伝わる。
「これが塩。保存食作りにも、体の水分バランスを保つためにも欠かせないわ。村を飢えから救う鍵になるかもしれない」
「すげぇ……これが、食べ物の味を変えるんだな」
ゼノが塩の粒をつまみ、恐る恐る舐めた。
「しょっぱい……でも、うまい」
その子どもみたいな顔に、思わず笑いそうになる。
「最後に、この結晶を天日でしっかり乾燥させれば完成よ。湿気を飛ばせば保存も効く」
村長が静かに頷いた。
「……あなたが来てから、村の空気が変わりましたな」
「私はただ“知っていること”を伝えているだけ。動くのは、皆さんです」
それでも私は、胸の奥に誇らしさを覚えていた。
この異世界で、“科学の知識”が人を救う力になる——それは、私自身にとっても救いだった。
――今日もまた一つ、異世界に“生き抜く知恵”という魔法が根を下ろした。




