第18話 異世界に、水路という命の流れを引いた
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1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。
湧き水を見つけたのは、村から北東へ三百メートルほど、森の中に入った場所だった。地形的にも村よりわずかに高い位置にあり、何より魔物の気配がない。リュカの案内で調査した数カ所を合わせれば、村の水需要を安定して支えることができると判断した。
「水量は足りそう。あとは、どうやって村まで運ぶかだね」
私は地図の上に小さな石を置き、仮の水路ルートを示した。
「ここから少しずつ傾斜を取って……自然流下でいける距離だね」
「すごい……これ、線を引いてるだけに見えるのに、水が流れるようになるんですか?」
「うん。大事なのは“傾き”。ほんの数度でも、高いところから低いところに流れるのが水の性質。だから、地形を読み、流れを作るのが水路作りの基本」
私は正三角形の木枠を取り出し、頂点から糸を垂らし錘をつけた。
底辺の両端を紐で測り、その中央に印をつける。錘の先が中央の印に来れば水平。さらに、一定間隔で目盛りを刻み、水を流すための傾斜も測れるようにしてある。即席の水準器だ。
「これは“水平”を測るための道具。建物をまっすぐ建てるのにも、水を流す角度を計るのにも使えるの」
「こんな簡単なつくりなのに…」
「そうね。でも作りと同じで単純な仕組みよ。使い方も簡単で、錘がちょうど真ん中の印に来れば水平ってこと」
村人たちは目を丸くして、交代で水準器を触っている。何度も傾けては感心する青年もいた。
「この技術があれば、基礎がしっかりしてもっと頑丈な建物も作れるはずよ」
私は水準器を持ち上げ、真っ直ぐ村長家の屋根を指差した。
「屋根の傾きや排水設計にも応用できる。建築全体が“理にかなった”ものになるの」
◆
次はコンクリート作りの実演だ。
「材料は、セメント、砂、それから砂利。この三つと水を混ぜれば、強くて長持ちする“コンクリート”になるの」
村人たちは首をかしげる。
「セメントっていうのは、石灰岩と粘土を焼いて粉にしたもの。村の近くに石灰岩の露頭があるから、そこから作れる」
私は石灰岩を火で焼き、叩き割って粉にし、粘土を加えて再び焼く工程を説明した。できた粉を、すでに用意しておいた川砂と砕いた小石に混ぜる。
「セメントと砂、それに小石を加えて水で練ると——」
私は木の桶の中で混ぜ合わせ、灰色の粘土のような生地を作った。
「これがコンクリート。砂だけだとモルタルになって、強度は出るけど割れやすい。砂利を入れることで、より頑丈になって長持ちするの」
「へえ……そんなに変わるもんなのか」
「うん。水路みたいに長く使うものはコンクリートで作った方がいいよ」
私は混ぜ合わせたコンクリートを木枠に流し込み、手作りのミニU字側溝型に整形した。
「これが固まったら、並べてつなぎ目にもコンクリートを入れて固定すれば、水路になるの」
「……まるで土木工事だな」
「まさにそうだよ。魔法じゃなくて、地道な“工事”。でも、これが一番確実な方法」
村人たちはやや戸惑いながらも、真剣な表情で私の手元を見つめていた。
◆
数日後、簡易水路の第一号が森から村の近くまで通された。
「うまく流れてる……!」
リュカが歓声を上げると、見物に来ていた子供たちもはしゃいで走り出す。村人たちの表情が明るくなっていくのが分かった。
「これが“魔法”か……」
誰かが呟いた。
私はそれを聞いて、小さく首を振った。
「いいえ。これは“知識”と“工夫”。誰でも使える魔法みたいなもの、かな」
村長が深くうなずく。
「あなたはやはり、特別な存在ですな……」
やめて、それ以上言わないで。そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
私はただの一介の技術者として、この村に立っているのだ。
「それでも、必要とされるなら。私は、できることをやります」
——“魔石”という本物の魔法が、この世界のどこかに隠されていることを胸の奥にそっとしまいながら。




