第17話 異世界に“知識”という魔法をもたらした
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1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。
森に戻って最初に感じたのは、深い安堵だった。
囲まれた木々の静けさ。耳に馴染んだ焚き火の音。生活の匂い。
ここには、誰かの視線も、声も、期待もない。
ただ、私たちだけの時間が、静かに流れている。
「……やっぱり、帰ってきたって感じ」
小屋の壁に背を預け、そっと目を閉じる。
けれど、浮かんでくるのは村の風景だった——
リュカの家。笑顔で迎えてくれたサーシャさん。
無口だが真っ直ぐな目をしたヨラムさん。
そして、疲れ切った畑と、諦めを背負った村人たちの後ろ姿。
「真希」
肩にそっと触れたのはシエルだった。
いつもなら軽口を叩く彼女が、真剣な眼差しでこちらを見ている。
「戻るんでしょ、村に。……あたしも行く。ま、放っておけないしね」
少しだけ口元に笑みを浮かべた彼女の言葉に続くように、ダイチもまっすぐ頷く。
「僕たちだけが無事に暮らしてるのは……それは違うと思って」
——やっぱり、みんな同じ気持ちなんだ。
「うん。戻るよ。ただし、準備を整えてから」
私は立ち上がり、干し肉と薬草の袋を棚に収めながら言った。
「それから、魔石のことは絶対に話さない。この世界じゃ非常識だし、私たちもよく分かっていない。危険すぎるから」
「了解」「わかった」
二人の返事に、小さく息を吐く。やるべきことは決まった。
保存食の整理、薬草の選別、水源の点検、道具の準備。
そして——支援内容の絞り込みだ。
「まずは水と食料。これがなきゃ土台は崩れる」
「次に畑。干ばつの影響を減らす方法……土の栄養を循環させる仕組みを作る」
「あと衛生環境。病気が広まれば終わりだ」
“私にできるのは、魔法じゃない。知識と工夫だけ。”
でも、それが本当の“力”になるはずだ。
◆
数日後、再びベルデ村の門をくぐった。
前回とは違う空気——ざわめき、視線、期待、そしてわずかな畏れ。
集会所には村長セムと村の代表たちが待っていた。
「また来てくださって、本当に感謝します。本当はすぐにでもお願いしたかったのです」
「私たちも放ってはおけません。ただし、私にできるのは知識をお伝えすることだけです」
「それで十分です。村に一番足りないものですから」
素朴だが誠実な響きを持つ村長の言葉に、私は一礼した。
そして、持参した簡易図とコンクリートのサンプルを机に並べる。
「水は生活の要であり、農業の命です。まずは水路を引くための素材、方法、水の使い分けについてお話しします」
説明という行為が、懐かしい。
だが今度は命をつなぐための知識として——
深く息を吸い、村人たちを見渡す。
「水を引くために必要なのは、魔法でも道具でもありません。“理解”と“工夫”です」
異世界で、“知識”という名の魔法を使う時が来た。




