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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活

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第15話 異世界で助けて怒って締め上げた

「こっちだ! このあたりで最後の目印を見失ったはずだ!」


リュカの声が、森の中に響く。


私たちは魔物の森の境界近く、茂みの奥を慎重に進んでいた。リュカが言っていた通り、地面にはところどころ木の幹に彫られた印がある。村の過激派の若者たちが、迷わないように付けた目印だ。


——その道の先で。


「うわっ、あぶね!」


シエルの声と同時に、前方の茂みが激しく揺れた。

次の瞬間、数人の若者たちが、明らかにパニック状態で飛び出してきた。

背後からは、低い唸り声とともにトカゲ型の魔物が追いすがってくる。


全長は人間の背丈ほど、鱗は深い緑色で、陽光を反射してぬらぬらと光っている。

口いっぱいに並んだ鋭い歯の間から、粘つく唾液が滴り、尾が地面を叩くたびに土煙が上がった。

踏みしめる足音は地面を震わせ、鼻をつく獣臭と血の匂いが混じって流れ込んでくる。


「ダイチ、シエル!」


私の指示で、シエルは茂みの影から素早く飛び出し、低い姿勢のまま木の枝を蹴って高く跳び、魔物の視線を奪う。

ダイチはその隙に別方向から突進し、鋭い爪で魔物の脚を裂いた。


奇襲に驚いたのか、魔物は咆哮を上げ、バランスを崩す。

尾が暴れ、地面を抉る音が響く。


「今だ!」


私は矢を番え、深く息を吸い込んでから魔物の片目に向かって放つ。

矢は的確に命中し、魔物が苦悶の声を上げてのたうち回ったあと、やがて痙攣とともに動かなくなった。


——助けた若者たちは、信じられないという顔で私たちを見上げていた。


「お、おまえ……! 本当に森に住んでたのか……!」


驚きと恐怖、そしてどこか羨望の混じった表情。


その中の一人、少し派手な金髪の青年が、信じられないといった様子で叫ぶ。


「食べ物をくれ! もう限界なんだ!」


「ふざけんじゃねーよ!」


声を荒げたのはリュカだった。目を見開き、拳を握り締めていた。


「お前ら、自分勝手に森に入ってきて、迷惑かけて、何様のつもりだよ!」


「だ、だって……!」


金髪の青年が何か言いかけたが、私はその前に割って入った。


「……どこにでもいるのよね、こういう“自分勝手で面倒なやつら”」


私は冷めた声で言いながら、持っていた縄をシエルに渡した。


「悪いけど、しばらく黙ってもらうわ。後のことは村で話しましょ」


若者たちは縄でしっかりと縛られた。文句を言いかけるが、私の冷ややかな目と、隣で睨みをきかせるダイチにすぐ黙り込んだ。


「……ごめんなさい」


リュカが、ぽつりと謝った。


「君のせいじゃないよ、リュカ。誰かの善意を悪意に使う人は、どこにだっているもの」


私は苦笑しながら、縛られた若者たちを見た。


「でも、ちょうどいい機会かもね。しっかり“線引き”しておかないと」


これは単なる怒りではなかった。今後、私たちのキャンプ地に勝手に人が来ては困る。あらかじめ“痛い目を見た”という実績を作っておくことで、余計な干渉を防ぐのが目的だった。



村に戻ると、予想通り騒ぎになっていた。


「リュカが戻ってきたぞ!」

「あれ、後ろにいるのは……!? 縛られてる!?」

「誰だ、あの女と……化け物か!?」


村の門の前で、私たちが姿を現した瞬間、ざわめきが一気に広がった。


村長が駆け寄ってきて、驚きと困惑の入り混じった表情で私たちを見る。


「これは……一体……?」


「ただいま戻りました、村長。森で、こいつらが魔物に襲われていまして。保護しました」


リュカが一礼して説明する。その言葉に、村長の顔が苦悩に変わる。


私は縛った若者たちを前に押し出し、続けた。


「この子たち、リュカの話を信じて森に入ってきたみたい。私たちの食料目当てで。助けはしたけど……次に来たら、命はないかもね」


村長は深く頭を下げた。


「申し訳ない。重ねて、命を救ってくださったことに感謝します。今夜は、よければ我が家へ……せめてものお礼をさせてください」


「ありがとう。でも……今日は早めに休ませてもらえれば、それで十分よ」


その夜、私たちはリュカの家に泊めてもらうことになった。


木造の素朴な家には、どこか懐かしい温もりがあった。広くはないけれど清潔に保たれ、ところどころに薬草の香りが漂っている。


リュカの母・サーシャさんは、私たちを見るなり、目に涙を浮かべながら深く頭を下げた。


「この子を……2度も助けてくださって、本当にありがとうございます」


彼女の声は、心の底からの感謝で震えていた。言葉では言い尽くせない思いが、全身から伝わってくる。


「いえ、こちらこそ……リュカくんが勇気を出して知らせてくれたおかげで、最悪の事態は避けられました」


そう答えた私に、彼女は目を細めて微笑むと、傍らにいたシエルとダイチに優しく声をかけた。


「あなたたちも、うちの子を守ってくれてありがとう。怖かったでしょうに……偉かったわねぇ」


シエルは最初こそ恥ずかしそうに抵抗していたが、サーシャさんのあまりの柔らかさに気圧されたのか、もふもふの頭をそっと撫でられてされるがままになっていた。


「んぅ……まぁ、悪くはないけど……くすぐったい……」


「ふふっ、柔らかい毛並みねえ……わたし、動物も好きなの」


ダイチも最初は戸惑っていたが、次第に尻尾がぱたぱたと揺れはじめ、喜んでいる様子だった。


「……なんか、懐かしい感じ。お母さんって、こんな感じだったな」


シエルとダイチに抱きついていたサーシャさんは、私の方にも顔を向ける。


「あなたも、いっぱい頑張ってくれたのよね。ありがとう、ありがとうね」


「えっ、ちょっと……!?」


気づいたら、私もふわりと抱きしめられていた。


その抱擁は、優しくて、温かくて、柔らかくて……言葉を失った。


人に抱きしめられるのなんて、何年ぶりだろう。……母以外の誰かに、こんなふうに。


「……あ、ありがとうございます」


私の声は少し震えていたかもしれない。でも、その一瞬が、とても懐かしく、心の奥がじんわりと温まるような気がした。


「チョット母さん!」とリュカが少し困った顔で声を上げたが、「いいじゃない、可愛いんだから」とサーシャさんは聞く耳を持たなかった。


近くで見ていたヨラムさんは、そんなサーシャさんを温かく見守りながら、私たちに小さく頭を下げた。


「……君たちのおかげで、うちの家族がまた一緒にいられる。……それだけで十分だ。礼を言わせてくれ。ありがとう。」


多くを語らないが、その言葉には深い重みがあった。


リュカは、そんな両親の姿を見て、どこか照れくさそうに笑っていた。


「本当によかった……みんな、無事で」


私は、その笑顔に小さくうなずいた。


——こんなふうに誰かと笑い合える時間が、こんなふうに温かな家族と過ごす夜が、こんなにも心にしみるなんて。


私は、この世界に来てから初めて、人の“家庭”というものに触れた気がした。


それは、静かに、確かに。


私の中に、もう一歩踏み出す勇気を、与えてくれた。

この作品は「カクヨム」にも掲載しています。そちらでは先行公開中ですので続きが気になる方は是非ご覧ください。

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