第14話 異世界でまた迷惑が来た予感しかしない
「……また、森に入ったやつがいるらしい」
村の井戸端で、そんな声を耳にしたのは、夕暮れのことだった。
リュカは持っていた桶の水をこぼしそうになりながら、その言葉の主に近寄った。
「今、何て?」
「いや、だからよ。アイツらだよ、あの三人組の。いっつも威勢だけはいいくせに、村長の言いつけなんてどこ吹く風って感じでさ」
三人組。村でも有名な“過激派”の若者たちだ。
干ばつで食料は尽き、畑はひび割れ、村人の顔には疲れと諦めが色濃くにじんでいた。
そんな中、彼らは誰よりも不満を口にし、声を荒げ、行動に移そうとしていた。
「……もしかして、僕の話を……?」
リュカは唇をかみしめた。
——“魔物の森に、人がいた”
——“水も、食べ物も、火も、魔法で何でもある世界だった”
信じてもらえなかったはずの言葉に、ほんの少しでも希望を抱いた者がいたのかもしれない。
だけど、それは間違った“希望の選び方”だった。
◇
「どうするの?」
そう問いかけてきたのは、メイリアだった。リュカの幼馴染で、村長の娘。
彼女の目は、不安に揺れていた。
「……行くよ。マキさんに、伝えなきゃ」
「でも、また魔物の森に入るつもりなの? 一度、あんな目に遭ったのに?」
リュカは、首を縦に振った。
「アイツらが行ったら、たどり着けるはずがない。道もわからないし、魔物に襲われるだけだ。……きっと、迷惑をかけることになる」
「だからって、またあなたまで行って……!」
「僕は……今度はちゃんと、自分の意思で行くんだ」
そう言い残し、リュカは村を後にした。
◇
森の入り口は、かつてと変わらぬ沈黙に包まれていた。
だが、今回は違った。
目を凝らすと、低い木の幹に刻まれた小さな傷跡——誰かがナイフか何かで残した“目印”が続いている。
「やっぱり……」
三人組は、森の中に目印をつけながら進んでいたらしい。
一歩、また一歩と踏み込むたびに、空気が変わっていく。
温度が下がり、風の流れが読めなくなり、野生の気配が濃くなっていく。
「これ……真希さんたちの拠点とは全然違う……」
リュカは歩きながら、時折振り返り、周囲を警戒し続けた。
真希たちの暮らす拠点は、魔物の森の“奥”にある。
あの安全な空間へ辿り着けたのは、偶然じゃない。
あの猫耳と犬耳の二人に護られ、導かれてきたからこそ、だ。
「お願いだ……もう一度、助けて……!」
その瞬間——
ザッ、と茂みが揺れた。
低く、獣の唸り声のような音が、背後から聞こえる。
息をのむ間もなく、足元の影が跳ねた。巨大な牙と爪を持つ、四足の魔物。
「っく——!」
リュカが逃げ出すよりも早く、それは地面を蹴って飛びかかってきた。
「リュカ!」
——ズガッ!!
重たい音とともに、魔物が弾き飛ばされた。
見覚えのある細身の弓。白い耳と尻尾を揺らす影。
そして、唸りながら魔物の前に立ちはだかった、たくましい犬のような後ろ姿。
「間に合ったわね」
「ったく、またお前かよ……でも、無事でよかった」
マキ、シエル、そしてダイチ——
再び、命を救ってくれた三人の姿が、そこにあった。
◇
魔物を倒したあと、三人はその遺骸から、緑色の光を放つ石を取り出した。
「これ……何の石ですか?」
「ふふん、まあ色々使えるのよ」シエルが得意げにしっぽを揺らす。
「そうね……詳しいことは、また後で試してみましょう」真希は軽く頷き、石を袋にしまった。
「しかしさっきの魔物の勢い、普通じゃなかったね」
「シエルの援護がなかったら危なかったよな」
「えっ、あれって……何かしたんですか?」
「ちょっとしたコツよ」シエルはにやりと笑った。
真希は魔石をしまい終えると、リュカに視線を向けた。
「で、今回はどんな理由で来たの? ただ森で遊んでたわけじゃないんでしょ?」
リュカは、ばつの悪そうな顔で頭を下げた。
「……ごめんなさい。僕の話を信じた若者たちが、今こっちに向かってるんです。たぶん、今ごろ魔物の森に……」
「なるほどね」
真希は、少しだけ肩をすくめて笑った。
「どこにでも、そういうヤツっているのよね。信じて動いたって言えば聞こえはいいけど、周りのことを考えずに突っ走るタイプ」
「本当に……すみません」
「まあいいわ。とりあえず、その子たちが魔物にやられてないか、見回りに行きましょう」
その言葉に、リュカの胸に熱く小さな光がともるのを感じた。
彼女はきっと、また危険に巻き込まれる。
それでも僕たちのために、迷わず森へ踏み込もうとしてくれている。
「……ありがとう、ございます」
「別に感謝されるほどのことじゃないわ。迷惑の芽は、早めに摘んでおくべきでしょ? 問題解決の基本よ」
真希は風に揺れる髪を指で押さえながら、森の奥へと視線を向けた。
——また、何かが始まる気がした。
そしてそれは、たぶん“迷惑”に違いない。
でも、なぜだろう。
その“また”が、どうしようもなく嬉しかった。
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