第13話 異世界で出会った“嘘みたいな本当の話
「おい、リュカだ! リュカが帰ってきたぞ!」
誰かの叫びが、村中に響き渡った。
その声に反応して、広場へ人々が集まってくる。干からびた畑の間を駆け抜け、家から飛び出してきた大人たちの顔には、驚きと安堵、そして困惑が入り混じっていた。
「無事だったのか……!」
「どこに行ってたんだ! 心配してたんだぞ!」
口々に問いかけられても、リュカはどう答えていいか分からなかった。
ただひとつ確かなのは——自分は、生きて帰ってきた、ということだけだった。
◇
村に戻ったリュカは、村長の家に呼ばれ、事の経緯を話すよう求められた。
椅子に腰を下ろすと、村長や年長者たちの視線が一斉に注がれる。しばし沈黙ののち、リュカはゆっくりと口を開いた。
「……魔物に襲われて、仲間とはぐれて……森の奥で、人に助けられました」
「人……?」
誰かが眉をひそめる。
「“魔物の森”に、人が住んでいるっていうのか?」
「はい。小屋があって、水路もあって、ちゃんと暮らしてるんです。しかも、その人——“マキさん”は、魔物と一緒に生活していて……」
そこまで言って、リュカはためらった。けれど、隠しておく気にはなれなかった。
「……火を起こす時、赤く光る石を使ったんです。それに、猫の獣人や犬の獣人の仲間もいました」
室内がしんと静まり返る。最初に聞こえたのは、苦笑混じりの声だった。
「魔物と暮らす? 赤く光る石? ……熱に浮かされた夢でも見たんじゃないのか?」
「そうよ、きっと怖くて気が動転したのよ」
「何日も行方不明だったんだ、無理もないさ」
リュカは首を横に振った。
「違います、本当なんです! 森の中のあの場所は、今の村よりもずっと——」
「リュカ」
村長が低く名を呼び、静かに言葉を継いだ。
「お前の話を否定はせん。だが、今は水も食料も足りず、人々は疲れ切っている。確かめようのない話を広めれば、不安が増すばかりだ」
リュカは唇を噛みしめた。視界がにじみ、村長の顔がぼやける。
「……でも、あの人たちは本当に、魔物の森で穏やかに暮らしていました。森の中の方が、今の村よりも——」
言葉はそこで途切れた。誰も返事をしなかった。
部屋の空気は重く、息苦しいほどだった。
◇
それから数日が過ぎた。
リュカの話は、やがて「森で迷って少しおかしくなった」という噂に変わっていった。
“マキ”も、“獣人の仲間”も、“赤く光る石”も、夢か幻だったのだろうと人々は口にした。
ただひとつ、確かな変化があった。
あれほど畑を荒らしていた魔物が、ぱたりと姿を見せなくなったのだ。
まるで何かに追い払われたかのように、その気配は消えていた。
それでも、誰一人として森に入ろうとはしなかった。
村長の命令で、魔物の森への立ち入りは固く禁じられている。リュカの行方不明事件は、その戒めの象徴となっていた。
「やっぱり、誰にも信じてもらえないんだな……」
リュカはひとり、小さくつぶやいた。
けれど、それでもよかった。
あの人たちに助けられたことは、本当なのだから。
魔物の森の中で——嘘みたいな、本当の話が、確かにあったのだから。
そしてこの村の中に、ほんのわずかではあるが、それを信じようとする者たちが生まれ始めていた。
次に動くのは、彼ら——“信じようとした者たち”だった。
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