第12話 異世界で、生きていくと決めた
焚き火の火が、ぱち、ぱち、と静かに爆ぜている。
拠点の中央。薪を組んだ火床の前に座り、私は手の中でカップをゆっくり回していた。湯気の立つハーブティーは、さっきダイチが嬉しそうに淹れてくれたものだ。
火の揺らぎを見つめていると、胸の奥がじんわりと温まってくる。
——この世界に来たばかりのころは、不安で仕方がなかった。
寝る場所も、水も、食べ物もなく、右も左もわからない森の中で、何とか生きてきた。
だけど今は——
「……なんとか、ここまで来たんだよね」
思わず声に出して、私は小さく笑った。
シエルと、ダイチと、ここまで協力して生きてきた。
たった三人きりの、小さな共同生活。それでも、私は一人じゃなかった。
頼れる仲間がいる。力を貸してくれる存在がいる。
今の私は、ひとりじゃない。
「人と関わるのは、面倒くさい」
「できれば、関わらずに生きていきたい」
この世界に来る前の私は、そう思ってた。
実際、人間関係はトラブルばかりだった。人に頼られるのも、裏切られるのも、もうたくさんだった。
それなのに。
——あの少年、リュカを助けて。
——彼の話を聞いて、村の困窮を知って。
なぜか、他人事とは思えなかった。
「……あの子が、また助けを求めてきたら、きっと放っておけないんだろうな」
焚き火の揺らぎの奥に、少年の笑顔が浮かぶ。
そう思った自分に、私はちょっとだけ驚いていた。
翌朝。
水汲みに行く途中、拠点近くの地面に妙な違和感を感じた。
足を止め、目を凝らす。
——足跡。
それも、一つや二つじゃない。複数の、比較的大きな足跡が、木立の影からこちらへ向かっている。
「……リュカのものじゃない」
すぐにそう確信した。
私は静かに背負った弓に手を伸ばし、シエルとダイチに目配せする。
すぐに彼らは反応し、気配を殺して私の両脇についた。
風が吹き抜ける。
木々のざわめきが、まるで何かの始まりを告げているように感じた。
「異世界って、ほんとに、退屈しない……」
誰にともなく、私はそう呟いた。
拠点に戻ったあと、私はもう一度焚き火の前に座っていた。
この世界に来たころの自分を、思い出す。
あのときは、ただ逃げたかっただけだった。
現実から逃れて、誰とも関わらず、静かに暮らしたかった。
でも——
「この世界で、生きていくって、たぶん、もう決めてたんだと思う」
自分の言葉に、自分で驚いた。
だけど、否定する気にはならなかった。
目を閉じると、薪のはぜる音とともに、どこか遠くで鳥の声がした。
ゆっくりと目を開けて、私は立ち上がった。
まだ、先のことは分からない。
でも、今日も私は、生きている。
この異世界で——。
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